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春のかたみ

 
耳元で金属がかち合うような高音。
余韻を響かせて消えるそれは、人の生死の場で鳴り響く鐘の音のよう。

その音に引き寄せられるように、私は視線を彷徨わせた。

通常とは逆に、下向きに垂直に立てられた刀。その刀身の側面で、突き立てられた刀の切っ先が受け止められていた。
刺突を受け切った風間さんは余裕の表情。

文字通り人間業ではない。

切っ先という一点に収束した力は、力学的に見ても決して軽いものではない。しかも通常、刺突は『受ける』技ではない。避けるものだ。

それを可能にする動体視力も、片腕で易々と受け止める腕力も。

やはり人間を超越している。

「貴様、一体何がしたいのだ。味方の刃の前に立つなど、狂気の沙汰としか思えん」

耳元近くで呆れた声を聞かされる。伝わってくる彼の鼓動には相変わらず乱れはない。
やはりこの程度の戦闘は彼にとって運動の内にすら入っていないのだ。

再び総司君が後方へ間合いを取り直す。私はそれを視線で追った。

動揺、驚愕、恐怖、安堵、疑念、それと僅かな苛立ち。それらが綯交ぜとなった、子供のような表情。

それでも間合いが開いたことで戦闘は一時中断される。

「助けてくれたんだ。……ありがとう」

僅かな驚きとともに、素直に感謝を述べる。
まさか風間さんが私を助けてくれるとは思わなかった。ただの人間の女でしかない、この私を。

「……。助けたわけではない。邪魔だっただけだ」

私は純粋に疑問を口にする。

「それなら私ごと纏めて斬り捨てれば良かったのに」

何故か風間さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。舌打ちすらしそうな程に不機嫌オーラを出して私を威圧する。

「俺に纏めて切り捨てられたかったのか?おまえは」

「いやいやいや。嫌ですよ。斬られたいワケないでしょ。死ぬのも痛いのも嫌いだし。……私は総司君を護りたかっただけだから」

私は彼の言葉を全力否定した。
だからわざとらしく改めて刀を握り直すのは止めてください。

肩に衝撃。遅れて一閃の白光。

突然の事態によろめいた体勢を立て直す。目の前には総司君の背中。
私は彼の背に庇われる形になっていた。

「……あんたの相手は僕だよね。悪いけど名ちゃんはウチのコだから。わかったら手を出さないでくれるかな」

総司君はきっと不敵な笑みを浮かべているのだろう。対して、風間さんの表情は侮蔑の篭った嘲笑。

「愚かな。その程度の腕で俺に刃向かうか。女に庇われている、そんな様では盾の役にも立つまい」

明らかな挑発。しかしその言葉が総司君の琴線に触れたらしい。怒気を増して反発する。

「――黙れようるさいな!僕は、役立たずじゃないっ……!」

「総司君!お願い、抑えて!これ以上彼と争っても新選組のためにならないからっ」

彼の背を、浅葱の羽織を私は両手で掴み、引く。

風間さんはそんな様子を冷めた目で見つめていた。しばらくして、無言のまま刀を黒色の鞘へと納める。

その瞳に既に闘争の悦びはない。

「会合が終わると共に、俺の務めも終わった。ここはその女の願いどおり、引いてやろう」

ふらりと何気なく窓へ近づく。そして壊れかけた窓枠に手をかけた。
蒼い光りが彼の姿を幻想的に縁取る。

肩越しに振り返った紅色の視線が私を捉える。愉悦を含んだ視線絡み付いて来る。

「――名。これは貸しだ。いつかは返してもらう。覚えておけ」

私が何かを返答するよりも早く、風間さんは窓枠の外へ消えた。

剣撃の音は既に止み、どこからも聞こえない。全ては夢中の出来事だったかのように静まり返っている。

池田屋に夜の静寂が戻った。

■ ■ ■

「……君は、君はどうしてあんな男を庇ったんだっ!」

風間さんの唐突な引き際に呆けていた私は、突然襲った痛みに顔を顰めた。爪が食い込みそうな程に強く肩を掴まれている。

「私は、あの人を護りたかった訳じゃないよ。あの人は、誰かに護られる程弱くない」

総司君の表情は痛々しかった。苛立ちは怒りへと変わり、敵の逃亡を許したことへの悔しさが滲んでいる。
それよりも、目の前の私にどう接したらいいのかわからないようだった。
それが彼の怒りに繋がっている。

私の行動の真意はきっと彼のプライドを酷く傷付けるだろう。それでも誤解されたままは嫌だと思う。

私は正直に告げる。彼に、己の行動の真意を。

「……私が護りたかったのは、総司君。君だよ」

一瞬、総司君が泣きそうに見えた。しかしそれも無理やり作られた笑顔の向こうに隠される。肩を掴む手にはもう力は込められていない。

「意味が、わからないな。教えてよ、どうして僕の刀の前に飛び出したりしたの?」

声が微かに震えていた。それでも私に言葉を求める。

きっと、彼はもう理解している。

私が何故飛び出したのか。戦いを止めさせようとしたのかを。

「総司君の腕じゃ、あの人には敵わないから。きっと、新選組の誰も、勝つことは出来ない。……恐らくあの人に個で勝てる人間なんてどこにもいない」

そう、【人間】は【鬼】には勝てない。
少なくとも、力で勝ることはない。

もしどうしても勝ちたいのなら、数の力に頼るか、策を弄する必要があるだろう。

天才と謳われる総司君なら、きっと力量の差を感じ取っているはずだ。

彼にとってこれは勝利などではない。
相手を退かせることに成功しても、傷を負っていなくても。長州の陰謀を止めることに成功したことですら、勝因にはならない。

彼は剣士として、武士として、鬼の力に敗北したのだった。

 


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