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春のかたみ

 
閃光。それは白刃の煌めきだった。
紅の視線の呪縛が解かれ、思考が戻って来る。

風間さんは月光を背に立っていた。

「何だか聞きたいことが山程あるんだけど。屯所に帰ったらゆっくり尋問してあげるから。名ちゃん、覚悟してね」

(うわぁ尋問なんだ。普通に喋らせてとかくれないんだ)

思わず彼の言葉に心中で呆れた。
しかし総司君が来てくれたおかげで、完全に意識が通常の状態に戻る。

空想上の生物の中でも上位のものの中には下位の生物に対して精神に干渉する能力があるという。
相手は【鬼】。そういう力があっても不思議ではない。

「何だ貴様は」

威圧的かつ高圧的な口調。見下した視線。そのどれもが総司君の精神を逆撫でする要素となっている。
物理的な圧迫感を感じる程の殺気が室内に満ちる。両者の目には微かな興奮。口元には歪んだ笑みがあった。

まさに一触即発。

これだから男って奴は手に負えない。

お互いがお互いを『玩具』として認識している。

私は二人の間に立った。

「……邪魔しないでくれないかな。いくら名ちゃんでも、敵を庇うようなら――殺すよ」

「己が護ろうとする対象にすら刀を向けられるとはな。愚かを通り越して憐れにすら見えるぞ 」

二人が言葉を発する。まさに板挟み状態だった。
殺気が肌に痛い。それでも私はその位置から動かない。

「貴方達馬鹿ですか。そちらの藩主は幕府との間に確執を作ることを望んでいないはず。こちらとしても微妙な政局にまで立ち入りたくない」

私は理を重ねて両者の説得を試みる。頭の回転が速い二人なら、これで理解してくれる。

しかしその認識が甘かった。

私の体が横方向の力によって飛ばされる。
自分で重心を保てなくなった身体は、意思に反して自由が利かない。
私の視界は浅葱色の背が隊服をはためかせ、鬼に切り込む姿を映していた。

上段からの斬り付け。それは軽く半歩の動作で回避される。続く横薙ぎの一閃が金糸の髪を一房、宙に散らした。

(どうして)

私は総司君の行動が理解できなかった。思考に囚われ、受身の体勢に移るのが一瞬遅れる。

手を畳につく。左手首に痛み。

何時ぞやの捻挫が癖になっていたらしい。鎮痛薬の薬効を超える痛みに舌打ちをする。

しかし呆けている場合ではない。
状況を把握するため身体を起す。
「はあぁっ!」

総司君が気合の声とともに力強い袈裟斬りを繰り出す。背後からは決まったように見えた。
しかしそれは硬質の音で防がれたことを知る。

風間さんは腰に差した刀の鞘を僅かに持ち上げ、総司君の刃に対する盾としていた。

その身のこなしと反応。相手の力量が尋常ではないことを総司君も理解し始めていた。後方へ移動し、間合いを取り直す。

すらり、と。どこか緩慢な動作で風間さんが刀を抜いた。
黒塗りの鞘に、黒鮫皮の黒糸に巻かれた柄。鈍い金色の飾りの無い鍔と白銀の刀身。
飾り気は無いが、重厚な造りの刀だった。

剣撃が交わされる。お互いがお互いの太刀筋を見極め、刀がぶつかり合う。
四回ほど刀が交わされた後、総司君が一歩退いた。蛍火の視線が鋭くなり、流れるような動作で彼独特の刺突の構えに入る。

(だめだ)

私は立ち上がる。

このままでは総司君が負けてしまう。

胸部への攻撃に起因する喀血。それが彼の肺結核と因果関係にあるのかはわらない。
医者ではない私には、詳しい専門知識が無い。
それを悔やんで今更勉強しようが、この時代には結核を治す術が無い。

でも。嫌な予感がするのだ。
総司君は喀血の後、調子を戻すことなく肺結核を発病する。

この池田屋での喀血がなければ、彼の病の進行が遅くなるかもれない。……発病すら、抑えられるかもしれない。

そんな夢想に取り憑かれる。夢想だと理解していながら、私の足はそれに逆らうことをしなかった。

二人の間に飛び出す。

とにかく、この戦闘を止めたい。
それはゲームの戦闘中に負けそうになって電源を切ってしまう、子供の心理に近かった。

「名ちゃんっ!?」

総司君の焦った声が聞こえた。私は彼に背を向けて風間さんの方を向いていたから、その表情は見ることが出来ない。
飛び出していた時には刺突の構えから歩を踏み出していた。
勢いがついてしまえば、慣性の法則に従って止めることは難しい。
間合いといっても短い距離だ。もう止められなかったのかもしれない。

目の前の風間さんに向かって微笑む。私を見る表情に僅かに驚きの色が混じった。

妙な陶酔感が全身を支配しているのを感じる。死や痛覚に対する恐怖が麻痺していた。
総司君を護りたいという夢想を行動に移し、脳内でエンドルフィンでも発生しているのだろう。

一瞬の間だというのに、長く感じられる。恐怖が麻痺した脳は、正常な思考を行えない。

(最期に見るのが風間さんの顔なら、満足かも)

そんな事を考えていた。

瞳に美しいモノを映して死ぬ。それも悪くない。

「っ、愚かな」

視界を白い色が支配した。華やかな香の香りが鼻腔を掠める。耳からは乱れることのない拍動音。

気付けば、私は風間さんの胸に引き寄せられていた。

 

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