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春のかたみ

 
■ ■ ■

古高が屯所に運び込まれたのは昼も過ぎた頃。
それからは土方さんが尋問に当たっている。

皆に必死に頭を下げ、解放された後は一人で考え事をしていた。

中庭に面した縁側にぼんやりと座り、宙に視線をさ迷わせる。

古高を捕縛したことに後悔はない。
桝屋の人間の厚意を逆手に録ったことも。古高を騙したことも。女中を脅したことも。

必要だと思ったからやった。きっとやり直したって、私は同じ選択をする。

それでも後味の悪さはあった。
でもあっていいのだと思う。

古高がこのまま自白しなければ、拷問が行われるだろう。そして罪状が有る限り彼は死刑に処せられる。

だが、好んで人を殺すような人間に、私はなりたくない。
傷付ける事を愉しみになどしたくない。

堕ちることも手を汚すことも自分で選んだ道。戻れないし戻るつもりも無い。

しかしそれは手段であって目的ではない。

見失っちゃいけない。楽になるために逃げてはいけないのだ。

(みんなのために出来ることをする)

道を逸れないために。私は己に強く言い聞かせた。

■ ■ ■

制止を振り切って私は前に進む。
追い掛ける対象は永倉さん。その手には五寸釘と蝋燭が握られている。

後一歩届かず、永倉さんは扉の向こうに消えた。

「……放して」

私は呟く。それでも私の肩を、腕を、身体を制止しようと掴む腕は放れない。

目の前に立ちはだかったのは山崎君。
監察方の先輩として、隊士として、医療要員として。彼には見習うべき所も多い。

それでも。今私の脳は既に沸点に達していた。

「放せって言ってるでしょうが!!」

絡み付いていた監察方の隊士達が一瞬怯む。山崎君も私がこんな風にブチ切れるとは想像していなかったようだ。

「しかし名さん!貴女はここに入らない方が良い!」

「中で拷問やってる事ぐらい知ってるよ!だから止めようとしてるんでしょうが!その程度のことしか言えないなら黙ってて!!」

噛み付くような私の剣幕に、隊士達の手が緩む。

私は前進する。扉の前に立ちはだかっている山崎君の顔のすぐ横を思いっきり殴り付けてやった。

「古高を逆さ吊りにして!足の甲五寸釘でブッ刺して!!それでその先に蝋燭くっつけて火を点けるつもりなんでしょう!!!」

私は怒りをぶつけるように叫ぶ。

「開けて下さい!そんなことしなくても情報はちゃんと掴んでるんです。何のために私が監察方になったと思ってるんですか。――なめんな!!」

思考が沸騰したまま大声を上げて軽い酸欠状態に陥る。
最後の言葉に周囲の隊士達は呆気に取られて反応も出来ていない。

しばらくして、扉が開かれた。
血臭。どうやら、既にそれなりの拷問は行われていたらしい。

一歩中に足を踏み入れる。鼻孔を突く臭気に眉を潜める。しかし汚物の臭気が混じっていないだけマシだ。

「おい、何のつもりだ」

苛立った声で土方さんが詰問する。普段だったら身がすくむような恐怖も、今は怒りが麻痺させていた。

「ちょっと黙ってて下さい」

私は古高に向き直る。虚ろな瞳がが私を映し、その視覚情報が脳で憎悪に変換された。

「貴、様……!よくも、助けてやっとたと、いうのに!!」

怨嗟の声が私に纏わり付く。

私は意識を客観化させる。
実際に苦痛や不快感を感じる自分と、それを認識する自分。自意識を無理矢理切り替えることで、感情の揺らぎは殆ど抑制できる。

「その節はどうも。ですがこれとそれとは話が別です。――京の街に火を放ち、動乱の隙に帝を拐かす。それが長州過激派の目論みだったんでしょう?」

「何だと!?」

「は!?馬鹿じゃねえのかおまえら?」

土方さんと永倉さんが揃って驚きの声を上げる。

私は黙り込んだ古高を追い込んでいく。

「そのための会合が今夜開かれる。予定では定宿の池田屋」

そして顔を近づけ、囁くように甘い声で古高の耳元に悪魔の甘言を落としてやる。

「選ばせてあげます。正直に話せば、自分で腹を詰めさせてあげましょう。でもこのまま黙秘を続ければ、京と罪無き民を焼き、帝を拐かし、政権を纂奪した悪逆の徒として貴方を処分する」

「……」

古高の表情が葛藤で苦悶に歪んだ。

志在るものにとって、罪人としての処罰は死を超える屈辱。
例え同じく選ばされる死であっても、彼にその恥辱は耐えがたいはず。

しかし、どちらを選ぼうとも、こちらは既に情報を掴んでいる。
それが正しいと知っているのは私と古高のみだが。

それでも己の決断で変化させられるのは己の死に様のみ。
武士にとって死に様が如何に重要なものか。私は理解しているつもりだ。

武士は潔い死を迎えるために、潔く生きる生き物。

生き様、死に様に確固たる美学を持った、不器用な存在なのだ。

■ ■ ■

長い葛藤の末、古高は自白した。
日が暮れた頃には討ち入りの準備で屯所内は騒然としていた。

長い下準備が効を成し、討ち入りに動員される隊士達は五十人以上。
所司代に手柄を独占されないためには、二手に別れておく必要が在った。そのため、今回は池田屋が本命だとは伝えていない。

しかしこれは逃げではない。

必要だから伏せた。その分を補うために、やれるだけの事はやった。

(目的を見失うな)

己に言い聞かせる。

(私の目的は、千鶴ちゃんを護ること。新選組の皆を守ること)

二振りの刀を捧げ持つ。

(仲間は殺させない。傷付けさせない)

私は二班に別れた隊士達の背中を瞳に刻み付けた。

監察方隊士としての黒地の衣を夜の闇に紛れ込ませ、私も一人屯所を後にした。




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あきゅろす。
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