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春のかたみ

 
■ ■ ■

漆喰の扉の奥に隠されていた貯蔵物を見て、総司君の表情も唖然としている。そして驚きを通り越した衝撃は笑いにとって変わられた。
その神経はよくわからないが、それが彼なりの精神のバランスの取り方なのかもしれない。

「よくもこれだけの物を集められたよね。話は屯所でゆっくりと聞かせてもらおうかな。言っとくけど、さっさと吐いちゃった方が身の為だろうね。土方さん、えげつないし」

総司君は配下の隊士達に武器弾薬の押収指示を出す。また、一部の隊士を護送要員として選出する。
私達は古高を屯所に連行するため、桝屋を後にした。

■ ■ ■

新選組屯所、八木邸前。

私は女の姿のまま門を潜ることに抵抗を感じ、足を止めた。
確かに八木邸に居留しているのは幹部や要職についている隊士が主なのだが、私を男だと知らない者も多い。

では何故着替えずに帰ってきてしまったのかといえば。

言わずもがな、隣の男が止めたからである。

早急に護送を完了させる必要がある中、寄り道をするわけにも、私のために護衛として人員を割く訳にも行かない。
しかも私は既に早朝の初手で前科を作ってしまっていた。途中から一人にするのは危険だと言われてしまえば、反論も出来ず。

(ああ、後々の対処がめんどくさい……)

女の姿のまま屯所には戻れない、と離脱を要請したものの。

総司君は『別に大丈夫なんじゃない?何か言われたら女装してるって言えば?』との極々軽い返答で片付けてしまった。

そして今に至るわけである。

門の敷居を跨ぐ。衝撃。私は千鶴ちゃんに飛び付かれていた。見上げてくる瞳には涙が浮かんでいる。

「え、と。あの、どうしたの?千鶴ちゃん」

状況が理解できない。

当初予定されていた千鶴ちゃんの巡察同行は、今回の古高捕縛の動きに合わせて本人が辞退したことで延期となった。
留守番をしていた千鶴ちゃんに、私は古高捕縛のために動いていたことは知らせていない。

「だって、名ちゃん、急に姿を消しちゃったって。長州の人に間者だって気付かれて捕まっちゃったんじゃないかって……!」

誰かが彼女に情報を漏らしたらしい。しかも私が想像していたよりも、皆は状況を深刻に捉えていたようだ。

「それで、もしかして心配してくれてたの?」

千鶴ちゃんを宥めるために頭をそっと撫でてあげる。小柄な千鶴ちゃんと私は頭一つ分近い差がある。

「『もしかして』じゃねぇよ!オレらがどんだけ心配したと思ってんの!?」

突如としての頸部圧迫。苦しい。

背後から腕を回され、肘を使って首を絞められていた。極まれば三秒で意識を失う状況。
腕の主は平助君。少々手荒だが、彼もまた私を心配してくれていたようだ。

その乱雑さが仲間としての距離の近さを表しているようで、くすぐったい気分になる。

「まぁそう怒んなって平助。こうやって無事に戻って来たんだしよ」

いつの間にやって来たのか。左之助さんが私の頭をクシャリと撫でる。その目で本当に私を心配してくれていたことがわかってしまった。
彼の目は、ずるい。だって、あまりにも優しい。

異能者。力のない仮隊士。監察方。私に向けられる目は様々で、悪意はなくともそのどれもが本来の私ではない。必要に駆られ、身を護るために纏った鎧だった。

左之助さんはそれらを越えて、ただの私を、一人の存在として見てくれているのがわかる。

「ごめん、なさい」

思わず謝ってしまう。

「気にすんな。俺はお前が無事だったんならそれでいい」

そういって左之助さんは笑った。
そこへひょっこりと姿を現したのは新八さんだ。その体躯をひょっこりと現すことが出来る身体能力は、未知数といってもいいだろう。

「んっとによー。人騒がせな奴だよな、おまえ。おまえが消えたって知らせが入った時、こっちは大変だったんだぜ?」

新八さんがにやりと笑う。その笑みの意味がわからず、私は首を傾げた。

八木邸の玄関に一つの人影。山南さんだった。

「彼等を止めずに静観していた、貴方も同罪ですよ、永倉君」

山南さんの眉間に僅かに皺が寄っている。まずい。お怒りだ。

「冗談じゃありません。本当に大変だったんですよ。藤堂君と原田君は桝屋に乗り込むと言って聞かないし、いつもは冷静な斎藤君ですらそれを止めようとしない。沖田君は連絡だけ寄越してこちらの指示を待たずに桝屋に急行してしまうし……」

(うわぁ)

想像するとかなり混沌とした状況だ。

そしてその事態を引き起こしたのは自分。信頼を寄せてもらったにも関わらずこの失態とは情けない。

「俺はあんたなら何とかするだろうと思っていた。ただ、名の身に何かあれば古高なぞ俺が切り捨ててやる、そう言っただけだ」

一くんが控え目に発言するが、内容は非常に物騒なものだった。

というかそれされたら私達監察方の努力が水の泡でしょうが。

「自分達は情報収集に当たっていたために屯所に留まれなかった」

淡々と山崎君が告げる。島田さんも頭を下げてくれた。

しかしそうなると、結局は土方さんと山南さん、井上さんが暴走組を止めたのか。
ちなみに近藤さんは京都所司代へ出向いていて午後まで不在。

周囲を見回す。幹部達を含め、顔馴染みの者達が八木邸の玄関の周囲に集まっている。

皆、こうして私を心配して帰りを待っていてくれた。それが嬉しい。

土方さんと目が合った。瞳に宿った厳しい色に身が竦む。

当然、きつい叱責が待っているのだと予想が付く。

不可抗力ではあったが、新選組に心配と迷惑をかけてしまったのだから。

私は俯く。土方さんは呆れたように溜息を吐いた。

「俺は別に怒っちゃいねえよ。確かに急に消えたのは褒められることじゃねえが、事情は聞いた。不可抗力なら仕方ねえだろ。……よくやったな」

私は顔を上げた。しかし土方さんの顔を見ることは出来ない。彼は既に踵を返し、邸内に戻っていくところだった。

 


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