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春のかたみ

 
■ ■ ■

一人待たされていた部屋の襖が開かれた。

私は三つ指をついて頭を垂れる。
衣擦れの音が私の前を通り過ぎ、上座に着く気配を感じ取る。
後に入ってきた二人の内、片方は衣擦れの音が殆どしない。
もう一方は対照的だった。そんなことはどうでも良いとでもいうようにさっさと窓際の辺りに腰を下ろしてしまう。

「……ようこそおいで下さいました。本日のお席のお茶とお菓子をご用意させていただきました、水月堂の者にございます」

「頭を上げろ」

低く、気だるげな、それでいて高圧的な声。その声に従って視線を上げる。

紅の視線を持った、金色の鬼。
神々しさすら感じるその容姿に一瞬、見惚れた。

この男が、風間千景。

そして私とは反対側の末席に座った赤髪の男が天霧さんだろう。興味なさげに窓の外を眺めている青い髪の男が不知火さんか。

「……芸妓ですらないな。まあ、呼んでもいない女に侍られても不愉快なだけだが」

私の顔をつまらなそうに眺めていた風間さんが呟く。

(想像通りに失礼なやつだなー)

ついつい溜息を吐きたい気持ちになってしまう。
しかしこのままこうしていても、酌をする酒があるでもなし。

……そろそろ仕掛けるか。

「御呼びでなければ直にでも下がりましょう。長州と薩摩。不仲の間柄での密会なのでしょう?部外者がいては始められないのではないですか」

風間さんの眉間に皺が寄る。
天霧さんの表情に変化は見られなかった。そんな中、唯一反応を見せてくれたのは不知火さんだった。

「ははっ!どこの手のモンか知らねえけどよ、随分度胸があるじゃんか、アンタ」

彼が腰を上げたと思った時には、顎を掴まれて持ち上げられていた。彼の青い髪の一房が、私の頬に落ちる。

「俺等の立位置までしっかり把握してるってことは、俺等の『正体』についてもなんか知ってんのか?」

不知火さんが嗤う。それは確信を持った笑み。この状況を愉しんでいる。

私は彼と視線を交えたまま逸らさない。笑みを絶やさないまま、顎を掴んでいる手をやんわりと放すように促した。

「不知火様、私の顔など眺めていても面白くもないでしょう。御放し下さいませ」

「ん?そうか?俺は充分愉しいけどな。アンタの顔、なかなか好みだぜ」

不知火さんに笑みを深められ、頬をなぞられる。それだけのことで、ぞわりと肌が粟立った。

「……その程度にしておけ、不知火。見ていて不愉快だ」

不機嫌極まりない声が室内に響いた。それだけで室内の温度が下がったような錯覚を覚える。
軽い舌打ちの音ともに、顎を掴んでいた手から解放された。

(んー、今の舌打ちはスルーしておこう)

不知火さんが窓際に戻ったことで視界が戻る。再び紅の瞳と視線が重なった。

「俺は賢しげに振舞う女が嫌いだ。命が惜しければその口、閉じているんだな」

「風間様がそう御望みでしたら、そのように」

私はあくまで微笑を絶やさない。
そして次の言葉の弾薬を投下する準備を始めた。

茶席の準備に取り掛かる。
元々簡易の茶席だ。手順にそれ程の縛りは無い。要は美味しい茶が入ればそれで良い。

「お茶の用意をいたしましょう。御酒と違って鬼の口に合うかはわかりませんが」

初夏の暑気はこの部屋にも立ち込めていたはずなのに、肌が感じる温度はどんどん下がっていく。
それが鬼の放つ妖気故か、それとも殺気故なのかはわからなかった。

■ ■ ■

お茶の用意が出来、私は三人に茶菓子とともにそれを振舞う。
意外な事に、彼等はそれらを迷うことなく口にした。

「意外ですね。まさか何の躊躇もなく召し上がられるとは思いませんでした」

相手に警戒心があまり感じられなかったので、私は疑問を口にしてみた。

風間さんは私の問いに答えるつもりはないようで、完全にシカト。
不知火さんは調度茶菓子で頬が膨らんでいるところだった。そんな状況だったので、私の問いに答えてくれたのは天霧さんである。

「我々鬼は滅多な毒では死ぬことがありません。貴女を疑っていない訳ではありませんが、必要以上に毒殺を警戒する理由もありません」

「それにアンタが俺等を毒殺するつもりならわざわざ疑われるような馬鹿な真似をする必要もねえだろ?」

口の中の物を飲み込んだ不知火さんが笑う。

なんか、思っていたよりも気さくな人だなぁ、不知火さん。
友好的、というよりかはやっぱり面白がられている、って感じだけど。

それからも私はいくつかの問いを投げかけてみた。
全てにではないものの、不知火さんは答えを与えてくれる。まぁ大抵は天霧さんに静止されてしまって、聞くことは出来なかったが。
ちなみに風間さんは黙々とお茶と茶菓子を口に運んでいた。

情報を整理する。

風間さんと天霧さんは、近々この池田屋で開かれる長州藩士の会合を監視するために下見に来ていたらしい。しかし実質、八割方は風間さんの暇つぶしのためでもあったようだ。

そして不知火さんは薩摩藩に付いている二人に勝手にうろつかれては迷惑だ、ということで着いて来たらしい。確かに誰かが内から手引きしてやれば、騒ぎになることもないだろう。

取りあえず、この池田屋で長州藩士が京を焼くための会合を開くことは確実なようだ。

手順としては完全に逆になってしまうが、総司君には古高を捕縛する準備を進めておいてもらう事にしよう。

 


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あきゅろす。
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