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春のかたみ

 
「ちょっと番頭に菓子を届ける用があってね。今日は主人の喜右衛門……古高も面に出てた。馬具の大量注文を請けているみたいだったんだけど」

懐から紙を出し、皆に見てもらえるように回覧させる。

「数が妙でしょ。全体の数を見ても「揃い」が合わない。消耗品を買い足すにも不自然だよね。数が多い物に明らかに消耗の遅い物も含まれてる」

皆が表を見終わるのを待つ。最後に土方さんの所でそれは留まった。

「……要するに、これは馬具の注文じゃねえ、ってことだな」

厳しい表情のまま吐き出された低い声。
責められている訳では無いのに、自然と身がすくむ。相手に畏怖を感じさせる程の覇気。

「恐らく。相手は客の風体でしたが、僅かに西の訛りを隠し切れていなかった」

自然と口調が改まる。私は言葉を続けた。

「しかも話ではその品は桝屋に運び込まれる予定の物。問屋ならいざ知らず、一般の客がそれ程の量をまとめて店に売り払うことなどまずないでしょう」

睨みつけるように私が書き記した表を見る土方さん。やがて苦々しげに見立てを口にした。

「こりゃあ、馬具なんかじゃねえ。……武器だ」

それは私と同じ見解だった。

広間に緊張が走る。

「それだけの武器を集めているっつうことは……奴ら、何か仕出かす気だな」

新八さんが口を開く。年若の幹部達は言葉少なだった。
彼等は『判断』は出来ても、『決定』を下せるだけの経験を積んでいない。

新選組の行く道を決められるのは、局長・副長・総長の職にある三人だけなのだろう。

「……姓君。恐らく古高は近々事を起こす算段なのでしょう。それを探ってきなさい。……出来ますね?」

山南さんが発した言葉は、質問の形をした命令だった。
私は彼の目を見る。そこにあるのは、完全な理性。

彼は狂っていない。腕の回復はまだ完全とは言えない状態だが、それでも快方には向かっている。

これは理不尽な命令でもなければ、私を捨て駒にするためのものでもない。純粋なる『新選組総長』としての命。
参謀である彼は失敗を前提にした策など弄さないだろう。

「必ず。……近い内、大規模な御用改めとなるでしょう。準備を進めておいて下さい」

「おい、ちょっと待て」

土方さんが静止の声を上げる。

「山南さん、流石にそれはこいつには危険すぎるだろ。ここは山崎君辺りに任せるべきなんじゃねえのか」

「自分もそう思います。彼女にはまだ早すぎます」

土方さんの主張に山崎君も賛同する。

恐らくは心配してくれているんだろう。
私が新選組隊士となった経緯もある。女だということもあるだろうし、実際に敵陣に単身乗り込み、生き残れるだけの実力が伴っていないこともある。

けれど、きっとそれだけじゃない。

まだ完全には信用されていないのだ、私は。
少なくとも、単身での敵との接触は回避させたいと思うくらいには。

はぁ、と呆れたような溜息が聞こえた。視線をそちらに向けると、意外なことにその溜息を発したのは山南さんだった。

「貴方達、まだ姓君を信用し切れていないのですか?一体、半年近くも彼女の何を見ていたんです」

私は思わず目を瞬かせる。他の皆も私と対して違わない反応を見せているから、恐らくは同じ事を考えているんだろう。

(……これは予想外だな)

何がって、それはもちろん、今の言葉を発したのがあの山南さんだったということだ。
彼は当初、誰よりも私を疑い、危険視していた。

「確かに彼女の剣の腕で単身、敵方に送り出すのは危険かもしれません。ですが、姓君なら刀を抜かなければならないような状況に陥るようなことはないでしょう」

山南さんは言葉の後に少しだけ、自嘲するような笑みを浮かべた。

「皆さん意外そうな顔をしていますね。私が彼女を疑っていたのは、新選組にとって害があるかどうかを判断するため。そして彼女が新撰組にとって有益な人材であると判断した以上、使うことに躊躇いはありません」

『私は男女差別も、能力による差別もしませんよ』
そう言って、彼はお茶を啜ったのだった。

■ ■ ■

細い筆で瞼を縁取る。目尻に色を差し、眉を描く。最後に淡い色の紅を引いた。
着物の色は勿忘草。藍玉の簪を髪に挿す。

胸元には、懐刀。

支度を整え、茶屋の奥の間から出る。次の間では池田屋から注文のあった茶と、菓子の支度を済ませてあった。
襖の開く音に反応して、女将さんがこちらに顔を向ける。

「ありがとうございます、女将さん」

私は一度腰を下ろして頭を下げた。彼女は満足そうに頷く。上品そうな顔立ちによく似合う、柔らかい笑みが宿っていた。

「私の見立てた通りやわぁ。よう綺麗に出来てはりますな。荷物持ちには手代を付けます。……茶席の御相手は断ってありますさかい、滅多なことはないでしょう。気ぃ付けて行って来なさい」

「重ね重ねありがとうございます。それでは行ってきますね」

私は女将さんにもう一度頭を下げた。

水月堂の手代の少年を連れ、私は池田屋へと向かった。

 


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あきゅろす。
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