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春のかたみ

 
■ ■ ■

桝屋へ団子を届けた後。
八つ時を過ぎ、私は茶店を上がった。

酒を出す事もある店だが、そういった客は大抵御二階へ上げるお得意様。
今日は予約も入っていなかったから、夕刻で切り上げさせてもらった。

それなりの釣果を上げ、私は上機嫌で四条通りを進む。

手には大きな包み。それは茶店で桝屋の番頭に吐いた嘘を回収するために払った対価だった。

まあ屯所は食べ盛りの男達で溢れているから、傷ませることも無いだろう。

空気が蒸すようになってからは、新選組内での衛生管理を徹底させていた。
今は生物を出来るだけ口にさせないよう、千鶴ちゃんと献立を管理している。当然それは前川邸の女中さん達にも徹底してもらっていた。

当然手洗いも励行している。生水も口にしないよう、毎朝飲水用の湯冷ましを大量に作るようにしている。

思いつく限りの食中毒対策は行っていた。

それが効を為しているのか、今の所、屯所で腹痛を訴えている隊士は一割程度におさまっている。
念には念を入れて、最近では熱中症の対策も始めていた。

このまま行けば【池田屋事件】の時に人手不足にはなるまい。

■ ■ ■

私は、別の店を経由して通常の男装に戻る前に、山崎君の元を訪ねた。

「やっほー山崎君。そっちはどお?」

別の店に潜入中の山崎君に声をかける。
私の姿を見咎めた彼はハッキリと眉間に皺を寄せた。

(そんなにしょっちゅう皺寄せてると跡が残るよ?)

心中で忠告しておく。実際に今伝えたら怒られそうだったので、口には出さないけれど。

というか密偵がそんなに素直に感情を面に出してどうすんの。

自分より遥かに優秀で有能な先輩を捕まえて、私は失礼な事を考えていた。

「貴女という人は……!隊務中は屯所に戻るまで声は掛けるなと、あれ程!」

山崎君は私を叱っているけれど、周囲には当然聞こえないように小声で喋っている。

「まぁまぁ。今はお互い一般人なんだから。普通に知り合いに会った風を装えば問題無いでしょ」

山崎君を宥めすかし、私は包みを掲げた。視界に入って来た包みを訝しげに見遣る山崎君に、私は笑顔で告げる。

「ほら、今日はお土産があるんだよ。皆の分ちゃんとあるから、帰ったら一緒に食べよ。……お団子だけじゃなくって、山崎君も満足するような取って置きの『土産話』、してあげるからさ」

眉間に皺を寄せたまま苦悩するかのような表情で黙り込む山崎君。
きっと今、彼の頭の中では説教しようか見逃そうかで脳内裁判が行われているに違いない。

「……わかった。しかしその包み、隊務の資金から出したんじゃないだろうな」

溜息とともに吐き出された言葉。
どうやら説教は諦めてくれたらしい。彼の人間らしい譲歩に感謝。
実際は、現況で密偵としての在り方について説教しても、互いの首を絞めるだけだと判断したのだろうが。

「まさかぁ。確かに状況を有利に進めるための対価ではあったけど。一応自分の懐から出したもん。後で食べる時はちゃーんと私に感謝してよね!」

冗談めかして私は笑う。山崎君もほんの少しだけ口許を緩め、笑みの形を作る。

「そうか。俺ももうすぐ上がる。先に帰っているといい。……今日も無事で良かったな」

最後に小さく付け加えられた言葉に、胸がじんわりと暖かくなる。

山崎君の控え目な笑みが、私は好きだ。

普段真面目で厳しい彼。冷静な性格故に、普段の表情も冷たく見えてしまいがちである。

だからこそ時折見せてくれる笑みを見ると、少し嬉しくなる。

その時だけは、彼はすごく優しい目をしているから。

■ ■ ■

山崎君と一度別れ、屯所に戻る前に新撰組と繋がりのある店の奥を借りる。
女物の花色の着物から、普段の男装姿に戻る。髪を結い直し、腰に刀を差す。

【暁】と【夕星】。

この刀を抜かなければならない日が、もうすぐそこまで近付いて来ていた。

■ ■ ■

「今日ね、ちょっと桝屋に行ってきたんだけど」

「っ!」

夕餉という戦の後、広間で皆と一緒に団子を頬張る。

団子に付いている餡の種類に抹茶餡があったから、お茶は焙じ茶にしてみた。京都は焙じ茶が意外とポピュラーな土地柄でもある。

私はもぐもぐと団子を咀嚼する。口の中の物を飲み込み、熱い焙じ茶で口内をサッパリさせてから口を開いた。

「山崎君。お茶、零さないでね。火傷するし、勿体ないから」

お湯呑みを落としかけそうになった彼の様子を見逃さず、私は声を掛けた。
今日は監察方として報告をしたいからと言って、夕餉に山崎君と島田さんを呼んでいた。

だから、監察方なんだから動揺を人に悟られてちゃ駄目だって。

そういえば前に一度それを遠回しに指摘してみたことがあった。
だがその時には『名さんの行動が常に「無茶」か「無理」か「突拍子も無い」だけだ。人の心配をする余裕があったら自分の行動を反省してくれ』と言われた事がある。

……駄目だ。思い出してちょっとヘコんだ。
うん。よし、今のは思い出さなかった事にしておこう。それが精神衛生を保つ上での良策だ。

 


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あきゅろす。
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