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春のかたみ

 
■ ■ ■

「名さんは俺が守ります。彼女に初めから危険な隊務を与えるつもりはありませんが……『最悪の事態』に陥るような場合には、俺が責任を負いますので心配は御無用です」

山崎君の言う『最悪の事態』。
それは私が敵方に拿捕されることを指していた。

責任を負うということは、機密を漏らす事のないように始末をつけてくれるということだろう。

私が足を踏み入れるのは諜報の世界。斬った張ったなんて単純なモノではないのだ。

奸計が渦巻き、騙し騙され、最後まで読み切った者だけが生き残る。
一手読み違えれば、闇に葬り去られるのが常識。下手に捕虜となってしまえば、その先に待つのは拷問のみ。

それでも私はその道を選択した。

私が欲しいのは『情報』。

待っていても望む未来はやって来ない。
過ぎてしまった過去は変えられない。

ならば、私は先回りして先手を打つ。

■ ■ ■

月の光が格子の隙間を抜けて室内を青く照らす。
隣では千鶴ちゃんがすやすやと寝息を立てていた。

私の膝の上には大小の無銘の刀が乗っている。

『銘が無いなら名を付けてやると良い』

広間を出る前に一君にそう言われてから、ずっと刀の名を考えていた。

無明の闇のような漆黒の鞘を撫でる。
鞘の先端近くにはぼんやりと銀朱色の霞のような雲紋が浮かび上がっている。黒鮫の柄には白金の糸が使われていた。

隣で眠る千鶴ちゃんに気付かれぬようにそっと鯉口を切る。
小さな音を立てて漆黒の鞘から顔を覗かせた刀身は、月光を反射して光を放っていた。

漆黒の闇。浮かび上がる朱(あけ)の雲。金色。光。

脳裏に一文字の漢字が閃く。

「決めた……。――【暁】(あかつき)」

自身にのみ聞こえる声量で、私は刀の名を呼んだ。

無明の闇に朱色の雲が立ち込め、金色の光とともにやってくる、【暁】。

それは未来を切り開きたいと望む私にとって、その命運を預ける刀に相応しい名に思えた。

本差の大刀の名が決まり、次いで脇差の小刀の名を考える。

【暁】の対となる名なのだから、近い意味合か反対の意味合を持つ名しかない。
しかしこの脇差は大刀とほぼ同様の装丁。ならば近い意味の名の方が良いだろう。

(……【夕星】(ゆうづつ)。そうだ、【夕星】にしよう)

夕星とは金星を指す言葉。
金星の別名は暁星、明けの明星の事だ。夕星は宵の明星を指す言葉だが、実際はどちらも同じ星。

別々の刀であっても、一対である大小の刀に当てるには相応しいだろう。

名も決まった事だし、一対の刀を枕元へ戻す。

横になると自然と睡魔が訪ねて来た。

(明日から……また、忙しくなるな)

六月までもうあまり時間が無い。

それは『彼』との出会いもまた、近づいて来ているということだ。
その出会いによって全ての歯車は噛み合い、物語は廻りはじめるのだろう。

眠りの淵へ堕ちてい最中、あの金色の鬼の姿が浮かび、そして消えた。

 


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