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春のかたみ

 
「――刀だって握りますよ。それが、守るために必要なら」

近藤さんの瞳と視線が合った。

「やはり女子は強いな。男が刀を振るうのには大義や正義、見栄や理由が色々と要る。……だが女は違うのだな。目的の為に手段を正当化させたりしない」

どこかすっきりとした表情で近藤さんは立ち上がった。

猫ももう遊んでもらえないことを悟って、庭を横切っていく。八木家の人達の住む居住区へ向かって行った。

「我々も見習わなければいかんのかもしれんな。……さぁ、そろそろ広間へ行こうか。これ以上待たせるとトシの奴がうるさいからな」

朗らかな近藤さんの笑顔に、私はどこか違和感を感じた。

五月の青空のように明るい笑み。

しかし何処か陰りがあるようにも見えた。
梅雨の晴れ間の眩しすぎる五月晴れが、時に陰鬱に感じられるかのように。
表情に不自然さは見受けられなくとも、纏う空気に陰りを感じる。

(……?近藤さん、何かあったのかな)

小さな引っ掛かりを覚えたものの、何の確証もない。

「はい」とだけ返事を返し、私も広間へと足を向けた。

■ ■ ■

広間の戸を開けると、久方ぶりに新選組幹部達が一堂に揃っていた。
近頃では自室に引きこもりがちな山南さんも顔を出している。監察方の山崎君と島田さんも出席していた。

私よりも先に広間に入った近藤さんが、上座に腰を下ろす。私も一番下座で正座した。

「姓名、ここに参じました」

名乗りを上げ、頭を下げる。

それを見て上座の近藤さんが頷き、真剣な表情で口を開いた。その表情に微かな苦悩が垣間見えて、心がチクリと痛む。

彼が私を新選組に引き入れたことに関して、負い目を感じていることは知っていた。

今思えば、先程廊下で出会ったのも偶然ではないのだろう。恐らくは、私を思い留めさせたかったのだと思う。

監察方の仕事は、はっきり言って綺麗なモノばかりではない。

女の身である私には『始末事』のような仕事は回って来ないかもしれない。
だが、女の身であるからこそ回って来る仕事もあるだろう。

一度受けてしまえば、女としての真っ当な一生はもう手に入らない。

それでも私は彼に決断させた。

私が監察方で動くためには彼の許可が不可欠だったから。

……彼の負い目を一つ、増やしてしまった。

「――約束通り、姓君を観察方付きとする。……トシ、彼女にあれを」

近藤さんの指示に土方さんが頷いた。

持ち出されたのは、一対の日本刀。
柄は黒鮫に金糸、鍔は透かし彫りの昇竜。黒地の鞘に浮かび上がる朱雲が目を引く大小の刀。

「無銘ではあるが、決して悪い刀じゃねえ。初めて持つ刀としては上物と言ってもいいだろう。女のおまえでも扱いやすいように軽い物を選ばせたつもりだ」

土方さんの手により、私の前にその刀が置かれる。
まるで生き物のように強烈に存在を主張するそれに、思わず息を呑んだ。

「……いいか、名。これを手に取れば、もう戻ることは出来ねえ」

――戻る?いったい何処に戻るというのだろう。

現実世界に、だろうか。
だとしたらもう手遅れだ。

目の前で人間が肉片に変わってゆく様を見た。
他人を利用して己の命を購った。
そして我が身可愛さに、他人を見捨てた。

今更現実に戻ったとしても、私はもう何も知らなかった頃のようには生きられないだろう。

毒を喰らわば皿まで。
今更引き返すつもりなど、ない。

黒い鞘に納められた刀に触れた。温度のないそれに、私の体温が宿る。

刀は己の一部。己が命を預ける分身だという。

「元より私に戻る地などありません。地に根を張らぬ私が、歩みを止めれば倒れるだけです」

刀を捧げ持つようにして掲げて宣誓する。

「私に生きる場所を与えてくれたのは新選組です。この刀、新選組の為だけに振るうと誓いましょう」

「……聞くだけ無駄だったな。山崎君、こいつのことは任せる。監察方で面倒見てやってくれ」

「御意」

私の監察方での処遇を山崎君に一任させ、土方さんは元居た位置に戻った。

「君には期待していますよ、姓君。ですが、くれぐれも無茶はしないように。君が我々の重要な機密を多く知っていることに変わりはないのですから」

私は山南さんの方を見て頷いて応えた。

■ ■ ■

意外なことに、山南さんはは当初から私の監察方配属に賛成してくれていた。
真っ先に異を唱えられるものと思っていただけに、正直驚いたのを覚えている。

初めて総司君と真剣勝負を行う旨を告げた時、近藤さんと土方さんははっきりと異を唱えた。

しかしそんな二人の前で、山南さんはお茶を啜りながら、『良いんじゃないですか』と言ったのだ。それもかなりあっさりとした口調で。

『観察方に女手があれば、今まで以上に諜報の幅が広がりますからね』

私に観察方で行動出来るだけの能力があるのなら利用しろ、と。山南さんは笑顔のまま言ってのけたのだ。

『我々に手段を選べるだけの余裕がないことぐらい、お二人だってご承知のはず。……使えるものを使わないのは、勿体ないでしょう?』

彼は笑顔のまま二人から反論の余地を奪った。
それが説得の足掛かりとなり、結果として総司君との真剣勝負まで持ち込む事が出来たのだった。

 


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