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春のかたみ

 
■ ■ ■

「そろそろ刀を下げてもらえません?僕が本気で名ちゃんを殺そうとするワケないじゃないですか」

「嘘付け!最後は興が乗って半分本気だっただろうが。……腹を詰めさせられたいのか、総司」

総司君はいつの間にか殺気を消していた。それを察した土方さんが一君と平助君に下がるように目配せをする。しかし二人はその命令に従わない。

「総司!次にこんな真似したら、オレは絶対おまえを許さねえかんな!!」

平助君が総司君を睨む。その表情からも、かなりの怒気が伝わってくる。

「強者を好むおまえの気性は理解しているつもりだ。だが……次は無いと思え」

一君の青藍の瞳が凍って見える。
二人から強い殺気を感じた。

しっかりと釘を刺してから両者が刀を引く。

これで一先ずこの勝負は終焉を見た。

自分の実力は出し切った。勝負は私の完敗だったけれど、もとより初心者同然の私が幹部に勝てるはずも無い。

後は土方さんの判断のみ。
私を監察方の駒にするかどうか。

しかしそのような重要事項がこの場で下される訳もなく。
一度時と場を改めることとなった。

■ ■ ■

真剣勝負から一週間程経った頃。

私は土方さんに呼び出されて広間へと向かっていた。
改まって呼び出すということは、恐らく何等かの結論が出たのだろう。

屋内の仄暗い廊下の角を曲がり、広間前に繋がる庭に面した廊下へと出る。

視界に入ってきた姿に私は足を止めた。

「……何をしているんですか、近藤さん」

「――お?姓君か。いや、しばらく前に屯所に猫が入り込んだのを覚えているだろう?その時の猫と少し戯れていた」

「それは見ればわかります。私はてっきり近藤さんも広間にいらっしゃるものと思っていましたが」

私に関することは大抵土方さんが判断を下す。だがさすがに今回の件は局長の決裁が必要なはずだ。
だからこそ、この人も広間に居るのだろうと思っていたのだが。

縁側で猫と戯れている彼を見ていると、ここが新選組屯所であることも、彼がその局長であることも嘘のように思えてくる。

あまりに長閑な光景。

「……なぁ姓君。我々の都合で君を新選組へ引き入れておきながら、こんなことを言う資格はないのかもしれん。だが俺には理解できんのだ。……女子である君が、どうしてそこまで必死になる?」

穏やかな季節は移ろい始めていて、陽射しは蒼く眩しい。
こんなにも爽やかで明るいのに、どうしてだろう。反比例するように空気が重苦しく凝っていく。

「…………」

私は沈黙した。答えが無いわけではない。ただ、彼に伝えるべきか迷った。

近藤さんの中にはまだ疑念が残っているのだろう。視線は私にではなく猫に向けられたまま。
まるで独白のように疑念が吐き出されていく。

「何故刀を握った?」

「刀を持てば、君も隊士としての律に縛られるのだぞ?」

「君に【誠】の志はあるのか?」

ぽつりぽつりと彼の口から吐き出される言葉を私は黙って聞いていた。

近藤さんは私にとっても恩人だ。

最上級に怪しい存在だった私を受け入れてくれたのは彼だ。
彼だけが私を殺すことに反対してくれた。

暖かかくて、大きくて。理想の父親のような人。

そんな彼とて私が監察方に所属したいと申出た時には強く反対した。
最終的には私が説き伏せてしまったけれど。

しかし問われたからには、私は彼に答える義務がある。
仮とはいえ私も新選組隊士。局長の存在は絶対。

そして何より、恩義には誠意を返すのが人としてあるべき道だと、私は思う。

「……【志】ならありますよ」

私は言葉を紡ぐ。

日に当たる場所に居る近藤さんと、軒が作る影に立つ自分。
意図的にではないにしても、それは私達の立位置を暗示しているようにも見えた。

歴史に名を残す新選組局長、近藤勇。
例え【此処】が薄桜鬼の世界だったとしても、それは変わらない。
明るく、誠実で、人を引き付けて止まない人柄。

彼は日の下を歩むべき人だ。

それに比べて、私は言葉を弄し、他人の存在を利用して生きている。
己の器の小ささは自分が一番理解していた。
平凡で矮小な私は、そちら側へは行けない。

元よりこの世界の住人ではない私は、影に身を潜めているのがお似合いなのだろう。

「私は、守りたいモノを守るだけです。私の命を救ってくれた存在を、生きる場所を与えてくれるモノを守る。――それが私にとっての【志】です」

私には『お国のため』『幕府のため』といった大義名分がない。

第一、何が正しくて、何が間違いかなど簡単に決められるものではない。
戦なんて『勝てば官軍』。勝った者にのみ歴史を記すことが許されるのだ。

正義なんて、見る角度によって映すモノを変える鏡のようなモノ。
覗いた人間がそこに映ったモノを勝手に『正義』と名付けて呼んでいるだけだ。現実にそんなモノはどこにも存在などしていない。
そこに映し出されているのは、自分自身が望んだ虚像でしかないのだ。

それが、私の持論だ。

 


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