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春のかたみ

 

■ ■ ■

「っ、く……ふ、ぅあっ!」

「……その、変な声を出さないでくれ」

千鶴ちゃんが私の雨水に塗れた着物を片付けニ部屋を出て行った後。私は山崎君の治療を受けていた。

山崎君は私の背中に薬を塗り、清潔な布をて、包帯を巻く。結果として肌を露出している部分よりも包帯を巻かれている面積の方が圧倒的に大きい。

「そんな、こと、言うなら!優しくしてっ……」

打撲に加えて皮下出血を起こしている部分は自分で触ったって痛む。
山崎君の治療が乱雑だとは思わないけれど、それでも普段相手にしている隊士達と同じ扱いをされるのは困る。

正直私はそこまで痛みに耐性のある人間ではないのだ。だってMじゃないし。

「自業自得だ。鍛錬に励むのは結構だが、貴女も仮にも隊士なら自己管理ぐらいちゃんとしてもらわなければ困る。俺は薬屋の出だが、医者じゃないからな」

「してたよ!この怪我だって私は割り切った上で、っつ!」

「ほう。これで自己管理ができていた、と?」

「いたたたた!い、痛いって山崎君!ごめんなさい!謝るからそこは強く押さないでー!!」

今日刻まれたばかりの脇腹の打撲痕を強く押さえられて私は悲鳴じみた声を上げた。目の端に涙が滲む。

(鬼だ、ここに鬼がいる……!!)

「ならば今後はこのようなことがないように……」

「あ。それは無理」

山崎君が最後まで言い終わる前に言葉を被せる。
私にはぴきっと彼の米神に青筋が浮かぶ音の幻聴が聞こえた。

「貴女がそこまで頑なになるということは、何か理由があるんだろう。だが、俺としてもこのまま今の貴女を見逃すことは出来ない」

私の態度に対する苛立ちを必死に押さえ込みながらも山崎君はきっぱりと言った。しばらくお互いに沈黙したまま治療が続けられる。

でもお互いに主張を譲れないのなら、それはチャンスだ。
求めるものが異なれば、そこには【取引】の余地が生まれる。

「じゃあさ、山崎君。取引しない?」

相手は諜報のプロの監察方。私なんかよりも何枚も上手なのだから、婉曲なやり取りに意味は無い。

「取引?何故そこでそうなるんだ」

やはり彼としては想像外の言葉だったようだ。

彼らからして見れば、私は4ヶ月前に血を見て気を失っていた、ただの女でしかない。いくら妙な力があろうとも、それは彼らに対抗できる種類のものではないのだ。

彼らの隊務を手伝えるだけの武力も、助言を与えられるだけの知識もない。
私にあるのは、小賢しいこの頭だけ。ならば、利用できるものは何であろうと利用するだけのことだ。

「だって山崎君はこれ以上私に無茶な修行をして欲しくないんでしょう?でも私は無理だろうが無茶だろうが、強くならなきゃいけないの。だからさ、取引。私が山崎君の言うことをきく代わりに、山崎君にも私のお願いを聞いてもらいたいんだよね」

「名さん、貴女って人は……」

山崎君が片手で顔の右半分を覆う。呆れと困惑、そして僅かな苦悩を綯交ぜにしたような重い溜息を吐き出した。

(山崎君て真面目だからなぁ。でも仲間思いなんだよね)

きっと、そうあるべきだと自分自身に課しているんだと思う。けれど実際にそうありたいと願っても、それを実行し続けられる人間は多くない。

恐らく、仮とはいえ私が新選組の隊士でなければこの取引は成立しない。山崎君は部外者の身まで案じたりはしないはずだから。
だからこそ、きっと彼は取引の舞台に上がってきてくれる。

彼は隊士である私を見捨てられない。

(我ながら汚い手口だな)

私は胸の内で苦笑した。

何も捨てずに何かを手に入れることは難しいが全てが無理だとは思わない。だが今の私にはそんな時間も余裕も無かった。
ならば、選択するしか無い。得たいモノのために、私は一体何を捨てられるのかを。

(汚くて結構。それで皆の力になれるのなら、千鶴ちゃんを守れるのなら……)

「……わかった、名さんの話を聞こう。応じるかどうかは内容しだいだが……」

「ありがとう山崎君。それで充分だよ」

ちょうど治療も一段落したところだった。
私は千鶴ちゃんが用意した着流しに袖を通す。袴じゃないのは恐らく千鶴ちゃんの気遣いだろう。着流しなら着るのも楽だし、着崩れてしまうから激しい動きも制限されるから。

■ ■ ■

「――ねぇ山崎君、私を監察方で使ってみる気は無い?」

「な……!?それは正気か、名さん」

予想通り山崎君は狼狽した様子を見せた。
けれど私だって思いつきだけでこんなことを言っているわけではない。漸くきっかけを掴んだのだ。簡単に引き下がることは出来ない。

「私は大真面目だよ。それに『監察方に女手があれば』そう考えたことは無いかな?」

諜報活動においてハニートラップは基本中の基本。しかし新選組に支援者はあれど、情報戦という忠誠心が必要とされる危険な隊務を任せられるような女性はいなかったはずだ。

「枡屋 喜右衛門」

「……っ!」

私は彼らが追っている志士の名前を挙げる。案の定山崎君が反応した。

それは彼らが監視している人物の名前。巡察に同行している程度の平隊士以下の私が知っているはずのない名前。しかも今は新たな情報を掴むことが出来ずに手を焼いているはずだった。

彼も監察方である以上、心理戦には長けているはずだ。しかし今回は反応を隠すことが出来ていない。

それは確実動揺している証拠。その名前に意味があるということに他ならなかった。



 

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あきゅろす。
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