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春のかたみ

 
■ ■ ■

私は子猫を抱き上げたまま部屋を出た。

腕の中の子猫はゴロゴロと喉を鳴らして上機嫌である。もともと八木家の子が連れてきたらしいし、基本的には人懐こい性格のようだ。
動物好きの私としては今日の騒動がトラウマにならないことを祈るばかりである。

日が傾きつつある庭に出る。

近藤さんと千鶴ちゃん、総司君と一君が集まっていた。どうやら猫を見失ってしまったようで、どうしたものかと話し合っていたらしい。

当の子猫は私の部屋にいたのだから、見つからなくて当然だ。

「皆がお探しの猫なら、私が捕まえちゃいましたよ」

声を掛けて庭に下りる。子猫が少しだけ嫌がる素振りを見せた。
どうやら追いかけていた人間の顔を覚えてしまっていたらしい。何とか背を撫でることで宥めすかし、私は皆の所まで近付いて行った。

「おお、姓君、よくやった!」

子猫を抱いているために両手の塞がった私の頭を近藤さんが豪快に撫でる。

(ここの人達はどうしてこう……!)

髪が乱れても直すことすら出来ず、私は乾いた笑いを漏らした。

確かに小柄で愛くるしい千鶴ちゃんと比べたら、私は女子の範疇に入らないのかもしれない。

「あれ。名ちゃんが捕まえちゃったんだ、その猫。僕達があれだけ追いかけても捕まえられなかったのに」

少しだけ残念そうに総司君が言う。
確かに洗濯物を泥だらけにし、玄関先の樹の枝を盛大に折ってしまった彼としては自分で捕まえたかったのだろう。

「あんまり追い掛け回したのがいけなかったのかもね。追いかけられたら逃げるのは動物の本能だし。私が捕まえられたのは偶然だよ」

「……何にせよこの騒動に関してはこれで一応の決着をみたようだな。土方さんへは俺から報告しておこう」

ふい、っと私達に背を向けて一君が屋内へと戻っていく。
次いで近藤さんも『そろそろ戻らんとトシに怒られるからな』と行ってしまった。

私は二人の背を背を見送る。

(一君って本当にクールだよね。かっこいいなぁ。どこかの総司君とは大違いだよねえ)

「……ねえ名ちゃん、何か今、僕に対して失礼なこと考えなかった?」

「そんな何を根拠に。総司君の方がいきなり失礼だよ」

私達は笑顔で殺伐とした言葉を交わす。
こういったやり取りもこれはこれで楽しい。

「えぇっと!とにかく猫が捕まって良かったですよね!」

私達の間に生まれた雰囲気を険悪なものと感じ取ったのだろう。少し不自然なくらいの勢いで、千鶴ちゃんが割って入る。
どうやら気を遣わせてしまったみたいだ。

「それで、その猫どうするつもりなの?」

「え。取りあえず捕まえようって言い出したの総司君達じゃなかったの?」

真顔で尋ねられて私は対応に困った。

個人的には八木邸の子がちゃんと面倒を見れそうなら、引き渡してしまうのが良いと思うんだけれど。

「僕達はただ、これ以上被害を出さないために捕まえたかっただけなんだけどね」

「名ちゃん、そういえばこの猫、八木邸の子が連れて来たんじゃ……?」

千鶴ちゃんもそのことを思い出したらしい。
しかし動物を飼うのならば責任を持って飼育してもらいたい。

「んー、新撰組の皆がこの猫をどうこうするつもりがないんだったら、その子に返してあげてもいいんだけどね」

腕の中で大人しくしている子猫は私の胸に顎を預けて瞳を閉じている。

動物はきちんと飼ってもらえなければ不幸になってしまうと思う。
この猫は人に懐いているし、飼われる事自体は苦痛にはならないだろう。

「返しちゃえば良いんじゃないの?近くに放して戻って来られても困るし。飼われる、って事は監視されるってことでしょ。もう今日みたいな事にならなければ僕はそれで良いよ」

もう興味が失せ始めているのか、総司君は投げやりな態度だ。

既に日も暮れ始めている。
私達は千鶴ちゃんの子猫を八木家の子に返してあげたいと言う意見を採用することにした。

八木家の子にしっかりと猫の飼い方と動物を飼う心構えを説く。その後猫を引き渡した。

この時点で騒動は完全に終結した。

ただし。引き渡しの合間総司君が八木家の子に発した言葉は、全て脅しとしか思えなかったけれど。

■ ■ ■

今日は走り回って汗もかいたし、千鶴ちゃんと二人で湯浴みをしようと言うことになった。二人で脱衣所に入る。

腰帯を解いて袴を脱ぎ、着物を脱いでいく。手ぬぐいなどを手桶にまとめて入れて風呂場へ向かう。

「はぁ〜、生き返るわぁ……」

かけ湯をした後にゆっくりと湯船に浸かる。この瞬間、どうしても口からこの種の言葉が出てしまう。

「名ちゃん、その台詞おやじ臭いよ……」

「あはは。いーのいーの。私は千鶴ちゃんと違ってうら若き可憐な乙女じゃないんだもん」

十七だと言う(でも数えだろうから本当は十六なのかも)千鶴ちゃんと、二十歳を既に向かえた私。

歳で言えば三つか四つの違いしかないわけだが、私から見れば千鶴ちゃんの若さはまぶしいくらいだ。

あどけなさの残る表情も、真っ直ぐすぎるその性格も。

「私は名ちゃんの方がよっぽど綺麗だと思うんだけど……。体つきだって私と違ってすごく女の人らしいし」

隣で湯に浸かる千鶴ちゃんは、こちらを見ながらほうと溜息を吐いた。

「私が綺麗かどうかは同意しかねるけどね」

湯舟の縁に両肘を乗せて私は笑う。

「千鶴ちゃんはまだ成長期でしょー。これからどんどん綺麗になるよ?体つきだって変わるし、何より千鶴ちゃんは色白で肌も綺麗なんだから!」

私が断言すると千鶴ちゃんは『そうかなあ……』と自信なさ気に自分の胸元を見下す。
どうやら千鶴ちゃんとしては小ぶりな胸がコンプレックスのようだ。
綺麗な形だし、この当時の日本人としてはそう悲観するほど小さくもないと思うんだけれど。

しかし女子としては気になるところらしい。



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