春のかたみ
四
結果として三人の答えはバラバラだった。しかも三人には意見を摺り合わせようという様子がない。
話が纏まらなそうだったので、私は口を挟んでみることにした。
ここで顔を突き合わせていても状況は好転しそうにないし。
「でしたらここは局長である近藤さんの意見が採用されるべきでは?ここまで被害が出てしまった以上、私としても事態の早期収拾には捕獲が適していると思いますが」
そして私の言は意外なことにあっさりと認められてしまうのだった。
■ ■ ■
「それではここは大捕物といこうか!」
近藤さんが何故か嬉しそうにそう宣言した。
ようやく足止め役の重圧から解放された平助君は妙に納得して頷いている。
……よっぽど恐かったんだろうなあ。
土方さんは自他共に認める鬼だし。戦線に復帰出来ずにいる今の山南さんは毒蛇のようなものだ。
平助君の背中を眺めながら、私は少し不憫に思った。
こうして。新選組局長までをも巻き込んだ、大規模な捕獲作戦が決行されることになったのだった。
■ ■ ■
江戸の気質に慣れ親しんだ彼らの本質は、どうやらお祭り好きのようである。
しかし腕の傷が漸く塞がったばかりの山南さんが、傍観を決め込むとの発言をした。
私としては全員参加が望ましいと思う。
「山南さんばかりずるいですよ。毒を食らわばなんとやらです。山南さんには八木邸の方々への説明お願いします。普通にしてれば新選組一、人当たりががいいですからね」
「あなたは怪我人を労れないんですか?朝はあんなに殊勝な様子だったのに……」
私の説得に山南さんは苦笑いを見せた。しかしどうやら怒ってはいないようだ。
やっぱり皆で騒ぐ時に彼一人だけが怪我を引きずっていては寂しい。それに山南さん自身も一人で自室に籠もっていては、気も滅入るだろう。
だから私としては、ここは無理やりにでも引っ張り出しておきたかった。
「千鶴、お前は部屋に戻ってろ。昼飯まで出てくんじゃねえぞ」
「は――」
「ちょおっと待った土方さん!今部屋に戻らせても千鶴ちゃんを監視する人がいないでしょう。ここは誰か一緒に行動させた方が合理的だと思います!」
「しかしだな……」
千鶴ちゃんが『はい』と返事をする前に慌てて言葉を捩込む。
せっかく山南さんを引っ張り出したというのに、何してくれるんだこの人。
うっかり失礼なことを考える。
しかしそこは近藤さんが進んで助け舟を出してくれた。これで晴れて千鶴ちゃんも皆と混ざって捕獲作戦に参加できるだろう。
■ ■ ■
「確かに手強い猫のようだが、我ら新選組には適うまいて!」
「僕もそう思います。近藤さんが来てくれたら、もう百人力ですしね」
近藤さんの言葉に追従した総司君の言葉を聞いて、私は早速脱力した。
(どんだけ近藤さんっ子なんだよ君……)
ちょっと軽く引きながら総司君を見る。
しかし視線に気付いた総司君は『何?』と笑顔の圧力で反撃してきた。
しかしそんなことは一日の内に何度もあることだ。私としてもいい加減にもう慣れっこである。
と言うわけで名さんの反撃。
「……庭の洗濯物落として井上さんに後始末させたこと。ついでに玄関先の樹の枝を盛大に折ったこと。私が広間にいた三人にちゃーんと伝えておいてあげたからね、総司君」
「……!!!」
雷に打たれたような顔で総司君は一瞬で顔を青ざめさせた。
そして彼が衝撃に打ちのめされているうちに、一君から子猫が前川家の方へ向かったとの報告が入る。
その後。前川邸に転がり込んだ子猫は、追い詰められて八木邸の厨に舞い戻ったり、果ては平助君と屋根で対決したりと。必死で屯所内を逃げ回っている。
私は徐々に大勢の大人に追いかけ回される子猫が何だかかわいそうな思えてきた。
しかしお祭り騒ぎで子猫を追いかける皆は楽しそうで、千鶴ちゃんの顔にも時折笑みが浮ぶ。
それを見てしまうと、あえて止めようとも思えなくなってしまう。
そもそも、最終的に子猫捕獲へ話の舵を切らせたのは自分だった。
私は皆に気付かれないように前線から離脱する。皆に見咎められることのないよう、一度自室に戻ることにした。
■ ■ ■
「……よくもまあ気持ち良さそうに寝てられるね、君」
部屋に戻ると、いつもはきっちりと閉められている部屋の戸が半開きになっていた。
大方最後に部屋を出た誰かがいい加減な閉め方をしたのだろう。
そして部屋の中には、座布団の上に丸まって気持ち良さそうに眠る、一匹の子猫がいたのだった。
私は音を立てないようにそっと部屋に入り、戸を閉める。
茶トラの子猫が起きる様子は全くない。半日の間新選組の幹部達に追い掛け回されたのがよほど疲れたのだろう。
誘惑に耐え切れず、私は子猫の頭に恐る恐る指を伸ばした。綿毛のような毛をそっと撫でる。
眠りを邪魔された子猫は驚きもしなければ怯えもしない。
ほんの少しだけ目を開けてこちらを確認すると、されるがままに撫でられていた。顎の辺りを撫でてやれば、喉を鳴らして気持ち良さそうな表情さえ見せてくれる。
「皆が血眼で君のコト捜してるんだぞー……」
この言葉で漸く自分が置かれている状況を思い出してくれたのか、子猫は座布団の上で大きな伸びをする。
ぷるぷると四足を振る姿すらも愛らしい。
目を覚ました子猫は座っていた私の膝をよじ登る。甘えるように頭を私の胸に摺り寄せた。
(……あ。捕まえちゃった)
子猫は腕の中にはまるで飼い主に甘えるような態度で収まっている。
そんなわけで、新選組局長から幹部クラスを巻き込んだ【新選組屯所・猫騒動】は、こんな所であっけなく幕を閉じたのである。
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