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春のかたみ

 

■ ■ ■

さて。どこから行ったものか。

取り合えず茶トラの子猫がいないか警戒しながら廊下を歩く。
そこに珍しい人の怒鳴り声が響いてきて、私は思わず肩を竦めてしまった。

「やっと戻ってきたか、この罰当たりどもが!」

えーと、この声は……井上さんか?

その後も続く彼の言葉の剣幕に、本当に怖いのは土方さんじゃなくて井上さんでは、などと考えてしまう。
ほら、この調子なら手や足どころか刀だって出そうだし。

私は彼の説教を聞いている内に、なんだか左之助さんと新八さんがかわいそうになってきた。

別にあの二人が悪いわけじゃないんだよね。

ならば、ここはリベロとして厨に向かわないわけにはいくまい。

■ ■ ■

厨に足を踏み入れる。井上さんに怒られて肩を丸くしながら小さくなっている長身二人組が目に入った。

ああ、私には井上さんの頭に角が生えた幻覚が見えるよ。

取り合えず私は助け舟を出すべく、されに奥へと足を踏み入れることにした。

「なんだか大変なことになってますね、井上さん」

井上さんが振り返る。彼の気を逆立てないように、私は柔和な表情を作って見せた。

「怒りたい気持ちも十分理解できますけど。今回はこのくらいにしてもらえませんか?昼餉の時間も近付いてきているようですから」

「姓君か。しかしそうは言ってもだね……」

井上さんはまだ納得しきれていないようだ。私は畳み掛けるように続ける。

「食料を粗末にしたこと自体は私としても遺憾に思います。しかしこうなってはどうしようもありません。後で私が庭木の肥やしか、野鳥の餌にでもしておきましょう」

言葉を重ねる内に彼も冷静な思考を取り戻して来たようだ。目の前の怒りから意識を逸らさせるべく、次の行動を示す。

「それよりも今は済んでしまった事より先の事です。ここにいる人達で協力して、昼餉の支度をしましょう?」

私の言葉に井上さんは溜息とともに肩を落とす。ようやく納得してくれたようだ。

『掃除をしようか』と言う彼の言葉で四人が一斉に取り掛かる。
元々ある程度は井上さんが片付けてくれていたため、私達は跡が残らないよう床を水洗いするのみで良かった。

「おまえのおかげで助かったぜ、名。ありがとな」

床を拭いていると左之助さんが井上さんには聞こえないように小さな声で耳打ちしてきた。しかも、なんとウインク付きで。

「ほんと命拾いしたぜ。あんなにブチ切れた井上さんは久しぶりに見たからな」

すごいなぁ、色男ならウインクしたって許せちゃうんだもんなー。などと考えていたら、今度は新八さんが反対側に寄ってきた。

おかげで私は二人に挟まれるような形になる。

(ちょ、二人とも近っ……!)

厨の床、しかも調理台と棚の合間。決して広くない空間に痩身とはいえ大柄な男二人と成人女。

両方から挟み撃ちにされると、大変掃除しにくいんですが……!

「力になれたんなら嬉しいですけど。とりあえずお二人の今の任務は昼餉を作ることですから。大変なのはここからですよ」

二人との顔の位置が近いことを極力意識しないように、私は笑顔で二人に告げる。
元より調理があまり得意でない二人は重い溜息を吐いた。

■ ■ ■

厨の掃除も一段落し、さて昼餉の準備に取り掛かろうかという時。
中庭から派手な物音が響き渡った。

どうやら捕獲作戦中の総司君・始君ペアが何かやらかしたらしい。

「あー!いけないんだ、一君。絶対土方さんに怒られるよ!」

「……い、今はそのようなことを議論している場合ではない!」

(……一体どこの幼稚園児だよあんた等)

離れた位置から聞こえてきた声に私はがっくりと肩を落とした。

総司君もそうだが、一君も言い回しこそ大人びているものの、内容は完全に幼稚園児レベルだ。一体ここはいつから幼稚園になったのだろう。

泣く子も黙る人きり集団・新撰組の屯所も猫一匹で幼稚園と化してしまうとは……。

「……昼餉まで時間もないですし今は調理に集中しましょう。新八さん、そこの里芋の皮を剥いておいてもらえますか?」

げ。と顔を歪めた新八さん。

「あのよお、名。里芋って素手で触ると手が痒くなるだろ。刀を握る手がそうなっちまうのは……」

「文句があるなら私は他のところに回りますが?」

私の笑顔は満面の笑顔を浮かべて見せる。手にした出刃包丁がキラリと日光を反射していた。

「いやあ俺、実は里芋の煮物が好物なんだよなー!」

(嘘付け。いつも野菜より肉だって言ってるでしょうが)

急に態度を改めた新八さんは黙殺。次の行動を指示する。

「残ってる他の野菜と一緒に大鍋で煮付けてしまいましょう。余った葉っぱでお味噌汁を作るんで、左之助さん下準備お願いします」

「あいよ。やれる範囲でやってみるわ」

調理作業に移った二人を確認して、さらに昼餉の献立を立てていく。

「そうだな、無事だった焼き魚はほぐして混ぜご飯にでもするとして。後は漬物でも出しておけば文句は出ないでしょう」

ていうかこの人たち、朝ごはんだって焼き魚だったのに、また昼餉に焼き魚出そうとしてたのか……。

井上さんは外の様子を見に行ってくると厨を出て行ってしまった。
三人で調理を続行する。



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