春のかたみ
一
監察方の二人が広間から去った後。
土方さん達はまだ話すことがあるとかで、私は近藤さんと土方さん、山南さんのお茶を入れ直してから部屋に戻ることにした。
部屋の戸となる障子を開ければ、そこにはかわいい千鶴ちゃん(これじゃ変態みたいだ、私)が一人で待ってくれているはずだった。
「……何、この人口密度」
ただでさえ、さして広くない部屋なのに。
大の男が五人も集まってると、この上なくむさくるしい。いくら美形の集まりだからってこの密集度はむさくるしいよ……。
(ああ、小柄な千鶴ちゃんが本当に紅一点に見えるわ……)
そういえば今日は猫騒動がある日でもあったような。
皆ここなら人目に付かないだろうと集まってきたんだろう。
そもそも動物のすることだし、間者が入り込んだわけでもない。変な意地を張らずに、事が大きくなる前にさっさと白状してしまえば良いものを。
親に悪戯がバレないように必死になって相談している小学生を見るような気分で、私は彼等を見下ろした。
その時。突然強く腕を引っ張られ、私は前のめりにバランスを崩す。
「な、ぅわっ」
ちょ、顔面打つ……!
思わず目を瞑りかけた。前のめりになった体はさらに腕を引っ張られたことで回転する。
体重を支えきれなくなった膝がくず折れ、何故か視界に紅樺色が広がった。
「ちょっと名ちゃん。今作戦会議中なんだから、さっさと戸を閉めて中に入ってよね」
「……え?」
視界を埋めた紅樺色は羽織の色だった。自分は彼の大腿部を跨ぐように腰を落としている。
しかも、両腕は均衡を保てなかった際の脊髄反射で、目の前の体に縋りつくように回されていた。
……何故、私は総司君の膝の上にいるのだろうか。
再始動を始めたばかりの脳はそんな間抜けなことを考える。すぐに正常な思考を取り戻すと、羞恥と怒りが脳内を支配していった。
目の前のニヤニヤ笑いが余計にそれを煽る。
「ちょっと総司君……!!」
『何するの!』と叫ぶ前に私の体がふわりと浮いた。
「大丈夫だったか、名」
「総司、名に妙なことすんなよ!」
私の体を軽々と立ち上がらせたのは左之助さんで、総司君との間に割って入った背は平助君のものだった。
いつの間に移動していたのだろうか。左脇の刀に手を添えた一君が、総司君の前で肩膝をついて静かな声を発した。
「総司、ふざけるのもいい加減にしておけ」
いつもと同じ調子で総司君を窘める一君の言葉。しかし今のは明らかにいつもと込められている感情が違う。
(ちょ、一君、殺気が出てるよ!?)
「ちょっと皆、どうしたっていうのさ……」
あまりの剣幕に呆気に取られてしまった。
というか私が総司君に対して怒りを覚えるのは当然だとして、何で皆が怒ってんの……。
「おいおい、皆。気持ちはわからねえでもねえけどよ。今は奴をどうにかすんのが先じゃねえか?」
私には全く理解出来ないんんですが。
何故か皆の気持ちを理解しているという新八さんがその場を収める。
そうして作戦会議が再開された。
■ ■ ■
「この件は内密に済ますべきだ」
一君が意見を述べる。彼としては土方さんに余計なことで心配をかけたくないとのことだ。
(ほっとけば騒ぎがどんどん大きくなるだけだと思うんだけどなぁ)
そんな私の思案をよそに、総司君は皆の恐怖を煽るようなことばかり口にする。場は内密に処理する方向で話が流れていた。
確かに土方さんのことなら手や足くらいは出るかもしれない。
しかしだからといってだ。
いくら鬼副長でも、幹部の人間を昼飯を一回駄目にした程度で斬り捨てたりはしないと思うんだけどな……。
しかし恐怖心というものは、どうやら人から正常な判断力を奪い去ってしまうらしい。
皆一様に冷や汗を垂らしながら、怒り狂う鬼副長を想像してしまったようだ。
「と、とにかく。千鶴ちゃん、それと名。二人とも俺達に手ぇ貸してくれねぇか?」
「ええっ!?」
「……」
千鶴ちゃんが驚きの声を上げた。
まぁ彼女に関しては半ばこの部屋での軟禁生活が続行中だし、そんな申し出をされるとは思っていなかったのだろう。
どうしても、と拝み倒して懇願する新八さんに、今度は平助君が割って入る。
彼としても広間にいる人間に事態を知らせないようにすることが重要だと考えているらしい。
しかし諸悪の根源たるは猫だ。捕獲しなければ、またいつどこで似たような惨事が起こるとも限らない。
結果的には役割を分担させるということで話は落ち着いた。千鶴ちゃんの外出についても幹部陣により黙認許可が出される。
というわけで。土方さんの目を逸らすのが平助君・千鶴ちゃん組。猫を何とかするのが総司君・一君組。昼食の準備をするのが新八さん・左之助さん組で纏まった。
しかしこう綺麗にペアが出来てしまうと、私としてはどの組にも入りづらい。
別にどれが一番重要ってわけでもない気がするし。千鶴ちゃんが土方さんの所で白状しちゃえば幹部皆での大捕物になるだろう。
そうなれば結局昼餉は夕餉になってしまうのではなかろうか。
「……で、おまえはどの組を手伝うんだ?」
隣に座っていた左之助さんが聞いてきた。
悩んだ挙句、私は一つの結論を出す。
「えーと、それなら私はリベロでいかせてもらおうかな」
「「「「「「りべろ?」」」」」」
言葉の意味がわからなかった彼等が一斉に聞き返してきた。いやあ皆仲良いなー。
「強いて言うなら『遊撃手』って感じかな。状況を見ながら、大変そうなところを手伝わせてもらうよ」
皆も始めのうちはなんだか『納得いかない』、って顔をしていたのだが。『手伝ってもらうのに文句を言うな』と私が言えば、それ以上の反論は出てこなかった。
ちなみに総司君からの嫌味は黙殺してやりました。
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