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春のかたみ

 

■ ■ ■

食事を終えた後、私と千鶴ちゃんの二人共が朝の合議に出席することになった。

私自身は時折合議に参加させられることもあったが、千鶴ちゃんがいたことはまずないといっていい。
話を聞けば、どうやら私達を監察方に紹介するのが目的のようだった。

「僕は反対なんだけどなあ。監察方にまで話を広めちゃうの」

「じゃあ総司君は幹部達だけで綱道氏探しをするつもり?」

総司君があからさまに溜息を漏らす。
いやいやいや。失礼だろ、君。

「あのさ、一々突っかかってこないでくれる?名ちゃん。僕は【薬】のこととか【新撰組】の事とか、一から説明しなきゃいけないことが心配なだけだよ」

「しかし本格的に綱道氏を探す以上、監察方を使わない訳にはいかん。いずれは伝えねばならんことだ」

二対一で不利になった総司君は不満そうな態度を見せる。しかしそれ以上は何も言わなかった。
左之助さんや平助君がとりなしてはくれたものの、新八さんは千鶴ちゃんを殺すことを前提に話しを始める。

『新撰組側の都合に沿った正論』に、自分の表情が徐々に意志に反して険しくなっていった。

新八さんは明るくて、お調子者で、兄貴肌のいい人だ。
けれどそれと同時に氷のような瞳の色にそぐうだけの冷酷な判断を平然と下せる人でもある。

普段が普段だけに気を許してしまいがちだが、彼はまだ総司君や山南さんと同様に千鶴ちゃんにとって危険度の高い人物だった。

「失礼します」

総司君がまだ不平を言っている最中にふすまの向こうから声が聞こえてくる。

「島田、山崎、両名参りました」

「よし、入れ」

土方さんの許可を受けて現れた人物はいかにも対照的な二人だった。

大柄でがっしりとした巌のような巨漢の島田さんと、どちらかといえば小柄で、神経質そうな鋭い紫瞳が印象的な痩身の山崎君。

二人の自己紹介がすむと、早速近藤さんが綱道氏探しについて説明を始めた。

その際に島田さんから千鶴ちゃんに対して質問が上がる。
彼女があくまで部外者であること、そしてこの件については内密に事を進めることが命じられた。

「なんだか面倒だなあ……。結果的に土方さんの取り巻きがまた増えるって事でしょ?」

山崎君の拝命の言い回しが総司君の癇に触ったらしい。毒を含んだ言葉で、わざと山崎君を嘲弄する。

「総司君。気に入らないからって一々突っかかるのやめたら?童じゃあるまいしさ」

「それ、名ちゃんにだけは言われたくないなあ」

「いい加減にしろ、総司。名も、あまり総司の背を逆撫でするな」

「山崎君も落ち着いてくれ。組長相手になんて態度を……」

総司君を宥めたつもりなのに、何故か私が一君に窘められてしまった。山崎君の方は島田さんが宥めてくれていたので大丈夫だろう。

いつまでも睨み合いを止めない総司君と山崎君をみかねた土方さんは、ついに解散命令を出した。

「監察方の二人と名は残れよ。二人には幕府の密命についてと、こいつについて説明するからな」

『こいつ』って、もしかしてもしかしなくても私のことだろうか。
幕府の密命については私は元から知ってしまっているし。

皆が簡単に辞去の挨拶を交わしながら広間から去っていく。
千鶴ちゃんもちらりと心配そうに私の方を見たけれど、笑顔で手を振ってあげたら安心した表情で広間を出て行った。

余計なことは知らない方が安全だし、私もその方がいいと思う。

■ ■ ■

土方さんが幕府より下した密命の説明をした時、山崎君と島田さんは信じがたいといった様子を見せた。二人とも最終的には納得してくれたが。

彼らとしても時折処理を任された仲間の死体について疑問を感じていたらしい。
一応の答えを与えられたことで納得することにしたのだろう。

「……副長、それでこちらの女性は一体何者なんです?」

先に口火を切ったのは山崎君だった。ていうかもう完全に女だってバレてるんだ。

私に関しては八木邸内を出なければ行動範囲は特に制限はされていない。監察方に属する二人には何度か姿を見られていたのかもしれない。

彼等なら土方さん辺りに報告のため、八木邸を訪れることもあっただろう。

「あー、そいつはな……」

土方さんが眉間に皺を寄せて、珍しく困った表情をつくる。

どうやら私をどう説明したものか困っているようだ。とりあえず差し障りない範囲で自己紹介してみようと思う。

「私は姓名と申します。このとおり女の身ではありますが、故あって新選組にご助力申し上げるため、身を置かせて頂いております。武術は修業中のため、身分は仮隊士となっておりますが。以後御見知りおき下さい」

「……おい名、なに猫被ってやがんだ」

すかさず土方さんが突っ込みを入れてきた。しかしちょっと心外な言い方だ。

「猫なんて被ってませんよ。初対面なんだから丁寧に挨拶するのは当たり前でしょう」

「ほーう?それにしちゃ俺の時と大分態度が違うようだが?」

笑顔が怖い。しかし彼のこの程度の怒気にはもう慣れた。

「どうして初対面で人を縛り上げた挙句、殺そうとまでしてた人と同じ態度を取らなきゃいけないんですか」

「「「…………」」」

沈黙。

土方さんが目を逸らす。当時の状況を知らない山崎君と島田さんは驚きの表情で土方さんを見ていた。

しかし疑問をそのままにしておけなかったのだろう。山崎君が聞きづらそうながらも、果敢に土方さんに質問した。

「ふ、副長……一体どういう状況だったんですか。それにその状況から武術の心得もない彼女がどうして新選組に……?」

土方さんは一度長い溜息を吐いた。

 


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