[携帯モード] [URL送信]

春のかたみ

 

「むにゃ……」

まだ夢の世界にいるのか。幸せそうに口元を緩ませた平助君が、何事かを発する。

(何このかわいい生き物ーーっ!!)

決して声には出さない。出さないけれども。

両腕で抱き枕を抱くように、しっかりと布団を抱きしめている平助君。白い寝巻きの裾からは、ほっそりとしたしなやかな生足が根元近くまで露になっている。

この幸せそうに眠る生き物を起こしてしまう事に、私は激しい罪悪感すら覚えた。それでも平助君の肩を軽く叩く。

「平助君、もう朝だよ。早く起きなきゃまた新八さんにおかず取られちゃうよー」

「うー……」

(ああっ、もうかわいすぎる!このまま観察してたいよー!)

「平助くーん……起きてよぅ」

肩を叩いてみても彼が起きてくれそうな様子はない。今度は軽く肩を揺すってみる。

すると突然、湖色の瞳をに鋭い敵意を宿し、平助君が私を睨んだ。

「あー……うっせぇな……!眠いんだから放っとけって!」

……む。この反応はかわいくない。

確かに眠いのはわかる。疲れているのもわかる。私だって出来るものなら寝かせておいてあげたいと思う。

でも。後で朝餉食いっぱぐれて『何で起こしてくれなかったんだ』って怒るのは君の方だろ……!

「オレは夜の巡察で疲れてんの。今日くらい寝かせてくれって」

恨みがましい目で私を睨みつけてくる平助君は少し怖いけれど。

しかしながら私も少し腹が立ったので、ちょっとした逆襲を試みることにした。

彼の顔の横に両手をつき、体を覆うように四つ這いになる。

「……早く起きてくれなきゃ襲っちゃうよ?平助君、皆に衆道だって噂が立っちゃうけど、それでも良い?」

背から流れ落ちた黒髪が彼の顔にかかって頬を撫でる。
私をぼんやりと見上げた平助君の目に焦点が戻る。次第に見開かれ、最終的には驚愕の表情となった。

「……な、名!?」

「そうだよ。まあ最初っからずっと私だったんだけどね。――おはよ、平助君」

平助君は完全に動揺しているようだ。
赤くなるやら冷や汗をかくやら。私を突き飛ばすことも出来ず、どうしたらいいのかわからないらしく、体が硬直していた。

「ここ、オレの部屋だよな。なんでおまえがいるんだよ!?」

「だから朝餉の時間になったから起こしにきたって言ってるじゃん」

「じゃあなんでオレの上にいるんだよ!」

「え?だって平助君、いくら起こしても私を睨みつけるばっかりで、全然起きてくれないんだもん」

「理由になってない!!」

その様子があまりに必死だったので、なんだか段々かわいそうになってきた。
彼の上からどいてやると、いそいそと寝巻きの裾を直す仕草が目に入った。

(乙女か、君は)

何だか男女の立場が逆転してしまった。

私は平助君のあまりのかわいさに忘れかけていた当初の目的を思い出す。
早く彼を広間に連れていかないと。このままでは私の朝餉も危なくなってしまう。

「夜の巡察、ご苦労様。寝かせてあげられるものなら私だって寝かせておいてあげたいんだけどさ。朝餉もなくなっちゃうし、後で上席に怒られたくないでしょ?」

私の言葉に平助君は少し考える様子を見せた。彼はよし、と布団から起き上がった。

「そーだな、起きるか。じゃ、支度するから名は先戻ってろよ」

「いや、外で待ってるよ。せっかく呼びに来たんだし、一緒に行こ」

私は立ち上がって、一度平助君の部屋から出る。

そういえば千鶴ちゃんは大丈夫かなぁ、と。ぼんやりと晴れ上がった青空を見上げながら、そんなことを考えた。

■ ■ ■

近藤さんの音頭で朝食が始まる。
大分暖かくなってきたためか、散歩に出向いていた近藤さんはいつもに増して上機嫌だ。

土方さんが笑顔で山南さんに話しかけ、山南さんも笑顔でそれを返す。
一見すればどこまでも長閑な朝餉の風景だ。

……一見すれば、だが。

(あーもう朝から笑顔で殺気を振りまくなよ……!)

お互いどちらも本気で殺気を放っているわけではない。だが決して肌に感じて心地の良いものではない。

以前の私ならば、この殺気には気付けなかったかもしれない。

ここ三ヶ月の一君と平助君のスパルタ教育で剣術を修行中の私が、まず最初に身につけたのは害意や殺意の察知能力だった。

自分に剣術の才能があるとは思わない。

しかし二人の教師の内、一君が付けてくれる稽古は本っ当に容赦がない。本気で避けなければ木刀でぼこぼこに滅多打ちされるのだ。
おかげで私の身体は打撲痕だらけで人に見せれる体じゃなくなっている。

それに気付いた千鶴ちゃんが以前『女の子の体になんて事を』って一君に猛抗議してくれたことがある。
それから一君はほんの少しだけ、手加減をしてくれるようにはなった。
本当に『ほんの少し』だけだったけれど。

そういうわけで私はこの数ヶ月で危機察知能力が半端なく上昇したのだった。

私は味が殆どしないおひたしを咀嚼する。このおひたしがどのような経緯で作られたのかを想像してみる。

そんな中、私はふと思い出したことを聞いてみた。

「そうだ、千鶴ちゃん。土方さんの所に行った時、何ともなかった?」

「え!?……えーと、うん。何にも、なかったよ……?」

「こらこら。何もなかったなら、ちゃんと私の目を見て言いなさいな」

完全に私から首を逆方向に逸らした千鶴ちゃんがあはは、と乾いた笑いを漏らす。

「……千鶴ちゃん、私の忠告聞かなかったでしょ」

「どうしてそれを……!」

「ふふふ。秘密」

今度は私が千鶴ちゃんの疑問をごまかす。
もう一口おひたしを口にほうり込んで沈黙を守った。

どうやら、この味のしないおひたしは、総司君の作らしい。醤油のかけすぎに怒った一君が水洗いをしたことによって無味となっている。

そういうプロセスを聞くと美味しいとか不味いとは別のところで感慨深く感じられてくる。味覚とは不思議なものである。

 


[←][→]

4/6ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!