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春のかたみ

 

私は隣に立つ山南さんの顔を見上げる。彼の亜麻色の瞳は、新選組の誰よりも冷酷な色を宿しているように思えた。

それでも彼は悪い人ではないと、私はそう信じている。

「確かに山南さんの言うとおりだと思います。実際に私も一度はそう考えましたから。……でも、私がちゃんと伝えなかった理由は、他でもない私自身のエゴなんです」

「……えご?」

「『利己的』という意味です。私は、先に起こることを【知っている】だけであって、先に起こることを【知ることが出来る】わけじゃない」

山南さんは黙って耳を傾けてくれていた。

私は己の中で澱んでいたモノを言葉にしていく。

怖い。

けれど、これを心の内に隠し続けていくのは、もう嫌だった。

「山南さんに怪我を負ってほしくなかった気持ちは嘘ではありませんでした。でも私、貴方は怪我をしなかった時の【先】は知らない。利用価値がなければ、私がここで生かされている意味が無くなってしまう。そうなれば私は始末されてしまうと……」

そう思うと怖くて言えなかった。

あまりに新撰組の内情に深く踏み込んでいるのにも拘らず、利用価値がなくなってしまえば。

私に待っているのは死、のみだと。

死に怯えて、私は彼を見捨てたのだ。

「……姓君、君は一体、今回の件についてどこまで知っていたんですか」

山南さんが問う。

私はその問いに偽りのない答えを返す。
過ぎてしまったことに関しては必要以上に隠す事もない。

「私が知っていたのは、夕餉の最中に大坂に居る土方さんから急な知らせが入る事。その知らせには呉服屋にて浪人達との交戦中に山南さんが左腕を負傷した、と。命に別状はないが、もう刀を握ることは難しいと記されていたということだけです」

しばらくの間、山南さんは目を瞑って何かを考えているようだった。
その顔はもういつもと同じ穏やかな笑みが浮かんでいた。にもかかわらず、私には何故か辛そうに見える。

「……だとしたら。私はやはり君に感謝しなければいけないようですね」

私は『そんなことはない』と言いたかったのに。彼の表情を見ると、言葉を発することができなくなった。

彼の表情に、確かに葛藤が見て取れたのだ。

「私達はあの時、『君の忠告なしに警戒を怠っていたら死んでいたかもしれない』と、そう感謝しました。そして本来ならば、私は二度と剣を握れない傷を負っていたことになる」

その表情から彼の苦悩が伝わって来る。

彼とて解っているのだ。
私が全てを伝えていれば、己の腕の傷は無かったのかもしれないと。

「……もし、君が私に対して罪の意識を拭いきれないというのなら。私の感謝の念と君の罪の意識。これらを相殺して、今回の件は貸し借り無しということにしておきましょう」

言いたいことを言い終え、山南さんはさっさと広間の方へ立ち去ってしまう。
私は抗議の声を発することも出来なかった。

その背を追いかけた私が何かを言おうとしても、『これ以上無駄話をしていると、朝食に遅れますよ』の一点張り。
彼がそれ以上取り付く島を与えてくれることはなかった。

■ ■ ■

広間に入る。炊事当番の二人の他に、まだ平助くんと土方さんの姿が見えなかった。

平助君は昨晩巡察があったようだから、まだ寝ているのだろう。
土方さんは……恐らくいつもどおり仕事のしすぎだろうな、多分。

私は井上さんに頼まれて平助君の様子を見に行くことになった。しかしそこで山南さんがまさかの発言をする。

「ああ、雪村くん。君は土方君の部屋を確認してきてくれますか」

にこやかに言った山南さんの真意に千鶴ちゃんが気付くわけもなく。

それでもさすがに鬼の副長のもとへ行くのは緊張するようだ。
千鶴ちゃんは返事をしたものの、不安げな面持ちで広間を出ていった。

「あの、山南さん、あまり千鶴ちゃんには当たらないであげてくださいね」

私になら構わないですけど。

そう言い残し、私も広間を後にした。

■ ■ ■

お互いに目的の人物の自室に向かって廊下を進む。

廊下の突き当たりで別れる前に、私は一つ千鶴ちゃんに忠告しておくことにした。

「千鶴ちゃん。土方さんの部屋に着いたら、返事があるまで戸を開けない方が良いと思うよ」

「……?」

千鶴ちゃんは不思議そうに小首を傾げる。

まあ当たり前か。千鶴ちゃんはどこかの誰かさんとは違う。声も掛けずに他人の部屋に入るような子じゃないし。

それでもさっきはちゃんと庇ってあげれなかったので、忠告はしておく。

ちなみにさっきの転倒事件。
私は千鶴ちゃんが左之助さんとぶつからない様に、廊下の内側の一歩前を歩いていたのだけど。
結果としては左之助さんが狙ったんじゃないかと思う程のタイミングで、私が一歩部屋の前を通り過ぎた後に現れたのだ。

とにかく。一応の忠告を残して、私は千鶴ちゃんと別れる。

廊下を進み、平助君の部屋へと向かった。

■ ■ ■

「平助くーん、もう朝だよー?早く起きなきゃ朝餉がなくなっちゃうよー?」

とりあえず部屋の外から声を掛けてみたものの。

ちゅんちゅん。ぴいぴい。ぴよぴよ。

しかし私の声に反応してくれたのは庭の小鳥達だけだった。当の部屋の主からは何の返答もない。

「おーい平助くーん」

…………。

返事がない。ただの屍のようだ。
……って屍自体はここからじゃ確認できないんだけど。

仕方ががない。平助君には悪いが、ここは中に入らせてもらうしかないようだ。

えへへ楽しみ……って、いかんいかん。これじゃただの変態だ。
ごめんね平助君、お姉さんだって年頃の女なんだ、一応。

「返事しないなら開けちゃうよー」

声をかけてから(ここ重要)そっと戸を開けてみる。

そこには予想はしていたが、実際に目にすると想像以上の破壊力を持つ光景が広がっていた。

私は戸に手をかけたまま完全に固まった。

 


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あきゅろす。
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