[携帯モード] [URL送信]

春のかたみ

 

元治元年三月、早朝。

桜の花弁が舞う。夢見月の名のとおり、幻想的な光景が京の街でも見られるようになって来た今日この頃。
小鳥達のさえずりが爽やかな朝を演出している。

心地よいまどろみの中を漂っている最中、私はふと嫌な感覚を覚えた。無理やり意識を覚醒させ、周囲の状況を確認する。

「……目が覚めたなら覚めたで、さっさと起きてくれないかな」

(この声は……)

嫌な感覚の正体が判明した。
目を覚ました私は、表情を歪めながらもうつ伏せの状態から身を起こす。

「……朝っぱらからそんな嫌味な起こし方したら、千鶴ちゃんがかわいそうでしょ、総司君」

そこには千鶴ちゃんの枕元で彼女の顔を覗き込んでいる総司君がいた。その表情は笑顔だけれど、目が全く笑っていない。

千鶴ちゃんはまだ意識が完全に覚醒していないようだった。どこか焦点の合わない瞳で、怯えたように総司君を見上げている。

「君達、自分の立場わかってる?名ちゃんは仮とはいえ隊士なんだし、千鶴ちゃんだってここに居候してる身分なんだから、せめて起床時間くらい守ってくれないかな」

相変わらずと刺々しい物言いだ。
彼の私達に対する敵意は一体どこから来るのかと、私は半ば諦めの境地で溜息をついた。

「えーと…………沖田さん?」

千鶴ちゃんの脳はようやく覚醒を始めたようで、漸く総司君のことを認識したようだ。私から見たらかわいいことこの上ない反応なんだけれど、彼にとっては違うらしい。

「仰るとおり沖田総司です。まだ脳みそが眠ってるの?僕だって暇じゃないんだよ。いい加減にしてくれないかな」

彼の言葉がさらに冷たくなる。

何もそんな言い方しなくても、と思うが、総司君の場合は意図的にそうしていると思われる。だからこそ余計に性質が悪い。

「今日の炊事当番って君だよね。君が布団から出てこないようだと、朝ごはんの準備が間に合わない」

「よく言うね……。今までだって千鶴ちゃん無しでやってたでしょう。そんなに言うなら先に戻ってていいよ。支度が済んだら私も応援に行くし」

「!!!」

私達の会話を聞いて状況を把握したのか、千鶴ちゃんが飛び起きた。

「……おはよう、千鶴ちゃん。君は名ちゃんと違って寝起きは良い方だと思ってたんだけど、意外と寝起き悪いんだね」

それだけ言ってさっさと部屋を出ようとする総司君。千鶴ちゃんはその背に向けて思い切り頭を下げた。

総司君はちらりと肩越しにこちらを振り返る。そっけない表情で言葉を返す。

「別に反省しなくていいよ。君のせいで僕が手間取ったのは、もう変わらないことなんだし。……おかげでちょっとした目の保養にはなったしね」

後半はこっちを見ながらにやりと笑う。

私は彼の視線の先を自分で確かめた。

今の私は寝起きで、そして私は寝相があまりよろしくない。
盛大に寝乱れた寝巻は申し訳程度に肩に掛かっている程度。下半身にいたっては、腰帯で何とか引っかかって腰周りが隠れている状態だった。

「……さっさと厨へ戻れ!!」

私が枕を投げつけようと頭上に掴み上げたところで、総司君はさっさと障子を閉めてしまった。

障子の向こうで聞こえよがしな声が聞こえる。

「ただでさえ厄介者なんだから、少しは役に立ってくれないと。邪魔になるようだったら屯所に置いてあげる意味がないからね」

彼の影が去っていく。私は掴み上げていた枕を布団に叩きつけると悪態を吐いた。

「あの捻くれ者!」

「あ、あの、ごめんね、名ちゃん」

既に着替えを始めていた千鶴ちゃんが、何故か申し訳なさそうに私に謝った。

「え、何が?確かに寝坊は褒められることじゃないけど、それは私も一緒でしょ。というか、総司君は絶対声かける前に部屋に入って来てたよ。さすがに私だって部屋の外から声が掛かったら起きるもん」

私は千鶴ちゃんが着替えている間に二人分の布団を畳む。部屋が片付いた頃には千鶴ちゃんも着替えを終えていた。

「片付けてもらってごめんね、名ちゃん。私、もう行かなきゃ」

申し訳なさそうに誤る千鶴ちゃんに私はちっちっ、と人差し指を立てて横に振ってみせる。

「こういう時は『ありがとう』、だよ千鶴ちゃん。私も着替えたら厨に手伝いに行くから。それまで小姑の総司君の小言なんかに負けちゃ駄目だからね!」

「ふふっ。小姑?沖田さんが?」

冗談めかして言ったのが面白かったのか。沈んでいた千鶴ちゃんの表情に明るさが戻る。
これ以上は引き止めるわけにも行かないので、私は『いってらっしゃい』と千鶴ちゃんを送り出した。

■ ■ ■

「おや、ちょっと来るのが遅かったかな」

私が身支度を整えて厨についた時には、朝餉の支度は既に盛り付け作業に入っていた。
あれから実質十五分も経ってないと思う。これだと総司君が呼びに来た時には大半を作り終えていたんじゃなかろうか。

「……あんたか。一体何をしに来た?」

一君が私の方を見て、不思議そうな顔(多分)をした。彼の表情の変化は乏し過ぎるので、判断には多少勘が入ってしまうが。

「おはよ、一君。今日は千鶴ちゃんと一緒に寝坊しちゃったからさ。連帯責任として手伝おうかと思って」

「……またか。いくら夜間の巡察や朝稽古のない日だからといって、起床時間に起きれないのは問題だと思うが」

溜息と共に盛り付けの終わった膳を手渡される。私は彼の言葉を笑ってごまかした。

一応、自分が炊事当番の時や朝稽古がある時にはちゃんと間に合うように起きている。問題が無いとは言えないが、遅刻をしたことはない。

私は千鶴ちゃんと一緒に盛り付けの終わった膳を抱えて、取り合えず広間へ向かうことにした。

 


[→]

1/6ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!