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春のかたみ

 

■ ■ ■

「ああ、そうだ。平助君、これ食べる?」

私は小鉢を手に取って平助君に尋ねる。しかし彼が実際に返事をする前に、新八さん抗議の声を上げた。

「おいおい名、どーしてそーなんだよ!平助にやるぐらいだったら俺が食べてやるって!」

「新八っつぁんの方こそどーしてそーなるワケ!?名は、オ、レ、に、くれるって言ってんの。新八つぁんは自分の食べて満足してろよな!」

位置的に間に新八さんを挟んでいたのがまずかったのか。二人の間でさらに激しいおかずの争奪戦が始まってしまった。

そんな喧騒を他所に、食事もそこそこに酒好き達が晩酌を始め出した頃。
苦手意識が強いはずなのに、千鶴ちゃんが食の細い総司君を心配してわざわざ声をかけた。

その言葉に総司君はにっこりと笑みを浮かべる。

「千鶴ちゃんは、ただ飯とか気にしないで、お腹いっぱい食べるんだよ」

そう言った後に私の方を見る。

何か。君は私に少しは気にしろって言いたいのか。

(一々嫌味な奴だなー)

「……わかってます。少しは気にします!」

「千鶴ちゃん、総司君の言うことなんか一々気にしちゃ駄目だからねー」

「名の言うとおりだ。気にしたら負けだ。自分の飯は自分で守れ」

私はが千鶴ちゃんの肩に手を置いて注意した。その間に総司君を軽く睨みつけておくことも忘れない。

「名ちゃんってさ、僕に対してだけ一々反抗的だよね。始めの頃はもっと従順だったのに。少しは千鶴ちゃんの素直さを見習った方がいいんじゃない?」

え。何そのいじめっこ発言。しかもこの人笑顔で言い切りやがった。

「総司君が千鶴ちゃんをいじめるようなこと言わなければ、私は素直だよ?」

「なにそれ。それじゃまるで僕が千鶴ちゃんをいじめてるみたいじゃない」

「「「「「…………」」」」」

満場一致で広間が静まった。おかずの取り合いをしていた平助君と新八さんでさえその動きを止めたほどだ。
それそうだろう。というかあれで千鶴ちゃんをいじめてないって言うならなんなんだ。

「……っぷ」

突然堪えきれなくなったように千鶴ちゃんが小さく噴出した。何がおかしかったのかわからないけれど、どうやらツボにはまってしまったらしい。

こんな風に笑う千鶴ちゃんを見るのは初めてだった。
私が見ていたのはいつもどこか遠慮しているような笑みばかりだったから。

「千鶴、最初からそうやって笑ってろ。俺らも、おまえを悪いようにしないさ」

「そうだよ?また総司君にいじめられそうになったら私が守ってあげるから!」

「原田さん、名ちゃん……」

千鶴ちゃんが感極まったように軽く胸を抑えるように手を当てる。その表情は、何だか肩の荷が少し下りたような、穏やかなものだった。

そう、少しずつでいいのだ。
彼女が慣れるまで、ここに居ることが苦痛でないように。

私は私に出来ることをしよう。

■ ■ ■

「ちょっといいかい、皆」

広間に割って入ってきた井上さんの表情はいつもに増して真剣だった。

私は手に持っていた箸と椀を膳の上に置く。

どうやら、楽しい時間はこれでもう終わりを告げたようだ。私自身、正確な日にちまでは把握していなかったけれど、彼はきっとあの『知らせ』を持ってきたのだろう。

他の皆も井上さんの様子から何か感じ取ったのか、一瞬で纏う空気が変わる。広間が一種の異様な雰囲気に包まれる。
ただ、千鶴ちゃんだけが状況について来れず、不思議そうにしていた。

「大坂にいる土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重症を負ったらしい」

「え!?」

「……っ」

そんなこと予想もしていなかったのだろう、千鶴ちゃんが大きな声を上げた。皆が一様に息を呑み、私はただ強く唇を噛んで堪える。

こうなるだろう事はわかっていた。

やはりあの程度の言葉では気休めにしかならなかった。大坂で何か危険なことが起こると、婉曲に伝えた程度ではどうにもならなかったのだろう。

それでも、私はあの時言わなかった。この時点で大きな【変更点】が生まれてしまったら、【この先】がどうなっていくのか、私にもわからなかったから。

「それで、山南さんは……!?」

井上さんの次の言葉を待ちきれずに、千鶴ちゃんが井上さんに問う。急かされても井上さんは声を荒げることもなく、ただ静かに山南さんの状態について口にした。

「相当の深手だと手紙に書いてあるけど、傷は左腕との事だ。命に別状はないらしい。今までと同じようにとはいかないが、いずれはまた剣を振るえるようになるだろうとのことだ」

「良かった……!」

「……え?」

胸をなでおろしている千鶴ちゃんの横で、私は知らぬ間に声を漏らしていた。

本来なら山南さんは『剣を握るのは難しい』状態のはずだ。だが、今、井上さんは「いずれはまた剣を振るえる』と言わなかったか。

それは、つまり。

(少しは役に立てた、って思ってもいいの……?)

それでも山南さんが大怪我をしたことには違いはない。
ならば、怪我をしたことで結果として彼の剣の腕が落ちれば、私は武士としての彼を見捨てたことになるのではないか。

冷たい氷の種が心の中に植えつけられたような感覚が胸に広がる。
もしかしたらこれが『罪の意識』というものなのかもしれない。

井上さんが広間を出て行った後も、私は暗い思考の中を彷徨い、抜け出せずにいた。


 

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あきゅろす。
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