春のかたみ
二
「……総司。無駄話はそれくらいにしておけ」
二人の会話に見切りをつけたのか、一君が声を総司君に声を掛ける。
しかし総司君の存在にすら気が付けなかった千鶴ちゃんが、一君の気配に気が付いているはずもなく。
「斎藤さんも聞いてたんですかー!?」
今度はちゃんと声を出して悲鳴を上げた。
「……つい先程、来たばかりだが」
「良かった……!」
千鶴ちゃんがほっと胸を撫でおろろした時。
「名も一緒に来ているぞ」
「!!!」
一君、何故そんな余計なことを。
どうせバレることではあったけれど、今の明らかに巻き込んだでしょ。
「……やあ、千鶴ちゃん」
私は渋々障子の影から顔を見せる。
千鶴ちゃんの表情が怒りたいのか、泣き付きたいのかよくわからないものに変わった。
「気にしちゃ駄目だって千鶴ちゃん。ほらほら、気にしたら負けだよー?」
私は肩を叩いて励ましたのだが、返って方をがっくりと落とされてしまう。
どうやら彼女の心中は複雑の様だ。
■ ■ ■
ぱたぱたぱたぱた。
軽い足音が私達が居る部屋に近づいて来る。私が背後を振り返るのと同時に、平助君が部屋に駆け込んできた。
「あのさ、飯の時間なんだけどー」
平助君はじろりと私達全員にジト目を向ける。その口調は私達に当て擦るような声音をしていた。彼の目は『呼びに行ったあんた等がオレに呼ばれてどーすんだよ』と主張している。
目的を忘れたつもりはなかったが、そういえば広間にはお腹を空かせた新八さんが待っているんだった。
「ごめんね平助君。早く行かなきゃ新八さんが皆の分にまで手を付けかねないもんね!」
私が半ば冗談で言ったつもりの軽口に、平助君がにやりと笑う。
「そうそう。早くしねえとオレらが食うモンもなくなっちまうからね。ほら、千鶴もぼーっとしてないで、行くぞ」
気付けば総司君は一人でさっさと先に広間に向かってしまっていた。一君も部屋から出たので、私もそれに続く。
後ろで交わされる二人の会話が耳に入って来る。その微笑ましさに自然と口元が緩んだ。
平助君は千鶴ちゃんにも『自分を名で呼んでほしい』と、そう告げたのだ。
彼の良い所は、やっぱりその親しみやすさだと思う。私自身、彼のそういう所には大分救われていた。
せめてもの感謝の気持ちとして、今日の夕餉は彼におかずを一品譲ってあげることにしよう。
平助君、きっと今日も夕餉で新八さんの標的にされるだろうし。
■ ■ ■
「遅ぇよ」
広間に入って早々、私達は左之助さんに文句を言われてしまった。
並べられた膳を見ても、箸を付けられたようなものは一つも見当たらない。恐らくは左之助さんが新八さんをなだめていてくれたものと思われる。
「おめえら遅えんだよ。この俺の腹の高鳴りどうしてくれんだ?」
「新八っつぁん、それって単純に腹がなってるだけだろ?困るよねぇ、こういう単純な人」
新八さんに言葉を返す平助君。彼が少しにやりとしながら私の方を向いたので、私も少しだけ乗ってみることにした。
「新八さん、胸が高鳴ることはあっても、お腹が高鳴ることはありませんよ」
「うるせえ、おまえらが来るまで食い始めるのを待っててやった、オレ様の寛大な腹に感謝しやがれ!」
「新八さん、それってもしかして腹と胸をかけてるんですか?洒落?洒落ですか?私は笑うべきなんですか?」
(これは新八さんの洒落なのか?ここは面白おかしくツッコミを入れるべきだった?)
だとすれば敢えて日本語の間違いとして指摘するよりも他に何かもっと気の聞いた返答をするべきだった。
しかし私の疑問に応えてくれたのは、本人ではなく左之助さんだった。
「いや、新八のは単なるノリだから。どっちかっつーと間違ってるって方で合ってると思うぜ。……まあ、いつものように自分の飯は自分で守れよ」
皆が席に着いたのを見て、左之助さんが私と千鶴ちゃんの方を向いて注意を促す。
そしてそれが夕餉という名の戦の始まりの合図となったのだった。
■ ■ ■
「今日も相変わらずせこい夕飯だよなぁ。というわけで……隣の晩御飯、突撃だ!」
(あんたはヨ○スケか!)
「ちょっと、新八っつぁん!なんでオレのおかずばっか狙うかなぁ!」
新八さんの某有名タレントの代名詞のような台詞に私は思わず心の中で突っ込みを入れた。
平助君は隣に座る新八さんに狙われたおかずを避難させつつ、それでもちゃんと食事をしている。やっぱり彼は何気に器用だ。
二人がおかずの取り合いをしている様子に感心しつつ、私は自分のおかずに手を伸ばす。……私も新八さんの隣なんだけれども、大抵穏やかに夕餉にありつけていた。
私の左隣では左之助さんが千鶴ちゃんに声を掛けているところだった。彼女もこの騒々しさに慣れつつあるのか、返答する声には少々の呆れが混じる。
しかしそんな座の反対側では、何気に一君が総司君のおかずに手を出していたりする。
(ああ、今日も無法地帯だなあ)
私はしみじみとお味噌汁を啜った。
千鶴ちゃんがおかずを取られてひもじい思いをしないようにと、新八さんに対する防波堤として私は二人の間に座ることにしたのだが。
しかし新八さんの突撃の標的は大抵、反対側に座っている平助君だった。だから新八さんが私のおかずに手を出すことは……まぁ、ほとんどない。
というわけで、私にとって新八さんの隣は意外にも安全地帯なのだった。
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