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春のかたみ

 

「普通に考えりゃ刀だよな。こいつの場合、実戦よりも相手への威嚇のために持たせる訳だし。暗器なんて持ってても相手にわかりゃしねぇしよ」

腕を組んで歩く珍しく新八さんは真剣な顔をしている。左之助さんもそこには特に反論がないらしい。

「でも持たせるからにはそれなりに扱い方ぐらい誰かが教えてやらなきゃなんねぇだろ。そうすると、やっぱ適任なのは左利きの斉藤辺りか?」

私の意思を置いて話がどんどん進められていく。
彼等の意見は最もなので、私としても反論は特にない。……ない、が。

『刀を持つ』

それは自分が誰かを斬る覚悟をしなければならないということだ。

他人を、誰かを傷つけ、そして殺す覚悟を。

真冬だというのに、背筋に嫌な汗が伝った。
知らぬ間に握り締めていたのか、手の平に爪が食い込む鈍い痛みがどこか他人事のように感じられる。

「おまえが妙な覚悟を決める必要はねぇよ」

「……え?」

左之助さんの言葉に顔を上げると、いつの間にか二人が私の前に立っていた。

「女のおまえが、人を殺す覚悟なんてしなくていい。お前のことは俺達が守ってやるから」

左之助さんの琥珀色の瞳が、とても優しい色をしていた。どこか人を安心させる、優しい笑み。

「名が肝の据わった女だってのは知ってるけどよ、勘違いすんなよ?刀を持たせんのはおまえが危ない奴に目を付けられねえためだからな!」

堂々とした物言いで言い切った新八さんが、私の頭をわしゃわしゃとかき回してきた。

「え、うわ、ちょっと!また髪が……!」

「さっきも言っただろ。おまえのことはこの新選組二番組組長・永倉新八様が守ってやる、ってな!」

新八さんの手はこの上なく荒っぽかったけど、左之助さんと同じくらい、暖かかった。

結局、剣術指導については私は一君と平助君の二人にお願いしようということになった。

理由としては、一君は我流ではあるけど私と同じ左利きだから。
平助君は大きい流派出身で、荒っぽい天然理心流よりかは初心者には良いだろうということのようだ。

■ ■ ■

再び新選組屯所・八木邸前。

午前の巡察を終え、二番組、十番組所属の平隊士さん達は前川邸に戻っていった。

新八さん、左之助さんもよっぽどお腹が空いていたのか、いそいそと邸内に向かう。しかし私は八木邸の門を潜る前に足を止めた。

「どーしたんだ名?早く行かねぇと飯の時間に遅れるぜ?」

「待て、新八」

新八さんが振り返って私の腕を掴もうとする。それを左之助さんが制した。

「あの、一つ聞いてほしいお願いがあるんです」

二人は特に何も言わない。私の次の言葉をただじっと待っている。

「千鶴ちゃんのことなんです。……あの子も、今日の私みたいに巡察に同行させてもらうことはできませんか?」

「「……」」

二人はお互いに顔を見合わせた。新八さんは厳しい表情に、左之助さんは少し困ったような顔になる。幼子に言い含めるような声音で、左之助さんは言った。

「おまえの言いたいことはわかる。千鶴だって早く親父さんを探したいだろうよ。だがあいつに関しちゃおまえと違って、土方さんの許可がねぇと外に出せねぇんだよ」

「でも!千鶴ちゃんは確かに隊士じゃないですけど、私と違って小太刀も使えます!今日みたいに巡察なら、確かに危険は伴うことに変わりはなくても、私よりはマシなはずでしょう」

複数の隊士が同行し幹部が目を光らせていれば、不逞浪士に襲われることも、彼女が逃げ出すようなことも出来ないはずだ。

その意味は伝わったと思う。彼等は苦笑いながらも最終的には折れてくれた。

「ま、そのあたりについては土方さんが帰ってきたら俺らからも言ってやるからよ。取り合えず、今は飯だ!飯!」

新八さんに強く腕を引っ張られてバランスを崩しながら、私は八木邸の敷居を跨いでしまう。

玄関を上がってすぐ、平助君に出会う。彼は『おかえり』と言って私達を迎えてくれた。

何となくだけれど、その言葉が此処を私の居場所と認めてくれた証のように思えた。

それだけのことがすごく嬉しい。

私は『ただいま!』と笑顔で返して、平助君の手を取る。

左手は新八さんに引っ張られ。右手で平助君の手を引く。
その後ろを微笑ましいものを見るように苦笑しながら左之助さんが続いた。

廊下を通り抜け、広間に入ると他の皆はもう揃っていた。手を繋ぐ私達を驚きの表情で迎える。

私は定位置となりつつある千鶴ちゃんの隣に腰を下ろした。

「ただいま、千鶴ちゃん」

そして今日も毎度のごとく、食事と言う名の戦争が始まるのだった。




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あきゅろす。
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