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春のかたみ

 
自分は別に美人ではないと思う。
少なくとも千鶴ちゃんのような愛らしい顔つきはしていないし、どちらかと言えばキツめの顔立ちをしている。

だから、言われたこともないような歯の浮く言葉で高鳴った胸を、必死で落ち着かせて何とか言葉を紡ぐ。

「からかわないで、ください……」

俯いて返した私の言葉に左之助さんは心外そうに返す。

「別に冗談で言った訳じゃねえよ。おまえの度胸の良さや、千鶴を気遣ってるところなんかを見てりゃわかる。おまえがいい女だ、ってことくらいはな」

(この人、心臓に悪い……!)

彼が私を気遣って外に連れ出してくれたのは理解しているつもりだ。
今の言葉だってきっと私を元気付けるために言ってくれているんだろう。皆、まだ若い私達を新撰組に縛り付けてしまったことを少なからず気に病んでいる。

特に、もう子供とは呼べない年齢に達している私には。

綱道氏が見つかるまでという千鶴ちゃんと違って、私には拘留の期限がない。

いや、私が知る【先】は五年程だと言ってあるから、それが過ぎたら解放してくれるのかもしれない。

だが、その時には私も二十五歳になっている。こちらの人間からしたらもう完全に婚期を逃していると言っていい。

「慰めてくれなくても私は大丈夫ですよ?」

いつの間にか顔の熱は引いていて、私は微笑んでいた。

「まだ皆に信用されてないってことはわかってます。……でも、私は皆の近くに置いてもらえることになって感謝してるんですよ?戦力にはなれなくても、これから先、皆の力になりたいと思ってますすし」

「なあ名。どうしておまえはそこまで俺達に肩入れするんだ?」

いつの間にか真剣な面持ちになっていた左之助さんが私に聞く。

まぁ当然の疑問だ。

彼等は私を殺そうとしていたし、ひと月の間軟禁もしていた。
隊士という立場を与えられたからこそ、屋内でのみ比較的自由を与えられている。

しかしそれは、私を新撰組に縛りつけたという見方もできた。

「私は、皆のことが好きです。……確かに、人斬りは怖いですよ。誰かが斬られるのも、自分が斬られるのも、血を見るのも、死を見つめることだって怖い。でも、何かを守るために戦う人はカッコいいと思うんですよ」

「守るため、なんて綺麗事言っても、俺達が人斬り集団ってことに変わりはねえだろ」

左之助さんはまだ納得いかない様子だった。私は苦笑しながらも言葉を探す。

「確かに。でも、私が暮らしていたところはあまりにも平和だったんですよ。きっと皆さんには想像できないくらいに。でもそれは他人を、自分さえも誤魔化していたからこそ享受できていた平和だったんです」

何故か左之助さんの顔を見ることができなくて、私は前だけを見つめていた。

現代の日本があんなにも平和だったのかと思い返して見ても、私には虚しい答えしか見つけられない。

少なくとも私はそうすることで自分の周囲の波風を抑えてきた。

目を閉じ。耳を塞ぎ。口を噤んだ。

そうできている間だけは、心は波のない湖面のように穏やかでいられたから。

「……だからかな。皆の志、信念。そういったモノのために生きる姿に憧れちゃったんです。私には、ないものだから」

「…………」

左之助さんからの返答はない。横を歩く長身の彼の表情は振り仰がないとわからない。

「私は殺しが嫌いです。でも、何もないからっぽの私は皆さんにどうしようもなく惹かれてしまう。だから私みたいな人間が皆さんに出来ることがあったら何かしたいんです。そうすることで皆さんの力になれたら嬉しい。そうする事で、私は変わりたい」

私の言葉にやはり左之助さんからの返答はない。

何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。少し気になりはしたが、今の自分にはこれ以上のことは言えず、黙っているしかない。

突然、頭の上に暖かな重みを感じた。朝と同じ感覚。

――ぽんぽん。

これは、頭を撫でられている?

「――やっぱりお前は良い女だよ」

「…………」

顔が上げられない。さっき収まったばかりなのに、またもや耳まで赤くなっているのが自分でもはっきりとわかった。

(やっぱり左之助さんはタラシだ……)

そう、自分に言い聞かせた。そうでも思わなければ、顔の赤みも、うるさい鼓動も収まってはくれなそうだったから。

■ ■ ■

それからしばらくして、私達は新八さん達二番組と合流した。

既に日は中天近くまで昇っている。そろそろ屯所に戻る頃合だろう。

「――にしても、羽織を着てないとはいえ、名も隊士なら、腰に何も差してないっつーのはまずいんじゃねぇか?」

新八さんは顎に手をやりながらまじまじと私の腰の辺りを見て言った。

浅葱の羽織は否応なしに目立つ。

たとえ自分自身では羽織を身に着けていなくても、隊士とともに行動していれば、自然と目立ってしまう。
いずれ私の存在も攘夷派の志士や浪士達の目にも留まることになるかもしれない。

「でも、私左利きですよ?」

「んなこたおまえを見てればわかる」

新八さんにあっさりと返されて私は目を瞬く。
そんな様子を見て、左之助さんが『あー』と意味のない音を発して、少しバツの悪そうな顔をした。

「ま、俺達みたいな人間はどうしてもそういうところに目が行っちまうからな」

刀を左腰に差して歩く侍は通常道の左端を歩く。武士や侍にはそういった作法が色々とある。
斬った張ったの世界で生きる彼等は、常に相手の所作を警戒していなければ生き残れない。




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あきゅろす。
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