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春のかたみ

 

■ ■ ■

とたとたとたとた。

八木邸内の廊下に軽い足音が響く。
歩く程度なら広い邸内に足音など響かない。だからといって、大の男が走ればどたどたと、もっと騒々しい音が立つはずだ。
 
邸内を軽快に走り抜けた名は、中庭に面した小さな部屋の障子を豪快に開け放った。

「千鶴ちゃん!私今から巡察に同行することになったから!あ、お土産は何がいい?」

「え、えぇ?巡察に、って名ちゃんが?」

突然部屋の戸を開け放たれた千鶴は目をぱちくりさせた。

珍しく朝方早くから部屋を出ていた名が急に戻ってきたことにも驚いたし、普段落ち着いている彼女がこんな行動を取ること自体も珍しい。

それに彼女は今、巡察に同行すると言わなかったか。

本来新選組にとっては監視対象である千鶴と名。

仮にも隊士として新選組入りしている名に八木邸内での行動の制限はない。しかし外出には幹部職以上の隊士の許可と同行が必要とされているはずだった。

(私はまだこの部屋の外にも出られないのに)

無意識の内にそんな言葉を心が吐き出していた。
そしてそんなことを考えた自分に気付いた千鶴は愕然とする。

名は千鶴に対して常に細やかに気遣ってくれていた。

部屋を出れない千鶴が一人にならないように出来る限り一緒に部屋いてくれたり、沈んだ顔をしている時には、厨に潜り込んで甘味をくすねて来てくれた事もあった。

沖田さんや土方さんなどから冷たい言葉を投げかけられた時に、常に千鶴を背に庇ってくれたのも彼女だけだった。

(それなのに、私……)

例え一瞬でも外へ、彼女だけが京の町に出られるのだと妬んでしまった。

名は簡単に応急処置具(前に『救急せっと』だと言っていた)や財布などを腰に着ける小さな荷物入れに器用にしまい込んでいく。

己の感情に何とか整理を付け、千鶴は漸く彼女の背中に向けて言葉を投げかけることができた。

「わ、私はお土産なんかなくても大丈夫だよ。……気を付けて行って来てね名ちゃん」

「…………」

もう荷物を整え終えたのか、名が千鶴の方を振り返る。
その表情は真剣で、どこか悲しそうにも見えた。

何故かその表情に千鶴はどきりと胸が鳴る。

名は千鶴の前まで来ると、肩膝をついて目線を合わせて言った。

「ごめん。千鶴ちゃんの方が私なんかよりずっと町に出たい理由がある事知ってるのに……。私からも皆に千鶴ちゃんが早く外に出て、綱道さんを探せるように働きかけてみるから!……左之助さんと新八さんを待たせてるから、もう行くね」

『ごめん、行ってくる』そう言って名は部屋を出て行った。

部屋には千鶴一人が残される。

名はきっと、千鶴の態度からすぐに心情の変化に気付いたんだろう。

彼女はそういった事に聡い。彼女が自分に見せる気遣いはいつだって本当に驚くぐらい細やかだった。

(名ちゃんが帰ってきたらちゃんと謝ろう)

そして同時に『ありがとう』と伝えたい。

ここでの軟禁生活がもどかしくはあっても、それほど苦痛に感じないのは、全て彼女のおかげだったのだから。

■ ■ ■

「お待たせしました!」

二人の所まで駆け付けた私は勢いよく頭を下げた。

長く待たせたつもりはないが、彼等を待たせてしまったことに変わりはない。
『遅い』と怒られはしないか少し不安だったが、別段二人に文句を言われることもなく、私は隊列の後方について巡察へと出発した。

■ ■ ■

この世界に来た振りに見た京の町並みは、やっぱり、修学旅行で見たものは異なっていた。
高層の建物はなく、コンクリートのビルもなければ、アスファルトで舗装された道路もない。
ただ、人の手で作られた、風情ある町並みが続いていた。

『守ってやる!』なんて言っていたけれど、結局は言いだしっぺが、と言うことで私は左之助さんの十番組に付いて京の大路を歩いていた。

「そういや名。おまえ前に『夫はいない』とか言ってたよな。……本当は良い人ぐらいいたんじゃねぇのか?」

「ぶっ!」

いきなり何を言い出すんだこの人!?

あまりに唐突に発せられた言葉。
その破壊力が大きすぎて私は思わず噴出してしまった。女人にあるまじき行為だと思うが、それでも飲食中でなかったのは不幸中の幸いだ。

「い、いきなり何を言い出すんですか左之助さん……。前にも言いましたけど、そういう仲の人はいませんよ?私。あえて私が死んで悲しむのは家族ぐらいじゃないでしょうか」

「……もったいねぇな」

「……はい?」

ぽつりと呟かれた言葉に、私はまたもや間抜けな声を出してしまった。

……いきなり何を言い出すかと思えば、次はこれか。これだからタラシって奴は……!

「おまえ、二十歳だって言ってたろ。俺等からみりゃ誰かに嫁いでいてもおかしくねぇ歳だ。それで良い人もいねぇってんなら、今までおまえの周りにいた男は何してたんだろうな、って思ってよ」

「……っ!」

まじまじと顔を見られながら言われて顔が熱くなる。

そんなことを言われるのは初めてだった。しかもこんな色男に。



 


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あきゅろす。
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