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春のかたみ

 

「別に肝なんて据わってないですよ。私だって死ぬのは怖いですし」

「そうかぁ?泣く子も黙る新選組に捕まっておきながら、泣きも喚きもしねぇ。殺されるかもしえねえ、って間もおまえ、全然俺達に怯えたりしなかっただろ」

それで肝が据わってねぇってんならいったい何なんだ。と。

私の言葉を遠回しに否定しつつ、新八さんが左之助さんの言葉を援護した。

だからそれハッタリなんだって。

あからさまににビクビクしていたら、敵対勢力に拿捕された時に秘密を簡単に喋るような信用の置けない人間に映ってしまうと思ったのだ。

しかしそれをバラしてしまっては元も子もない。

ここは取り合えずごまかしておくことにしよう。

「……あまり感情が顔に出ない性質なだけですよ」

「ふぅん?それにしちゃいつも大した物の言い方だったと思うけどな」

左之助さんがにやりと笑って私の頭に置いていた手をわしゃわしゃと動かした。

あぁっ、せっかく結った頭が……!

この時代には髪ゴムといった便利な物などない。普段髪を結い紐を使っていた。
結い紐の長所は飾りになることだが、欠点としては髪ゴムなどに比べて髪型が崩れ易い点が上げられる。

結局、左之助さんの心無い(?)行動により朝方結った髪が崩れてしまう。

彼の大きな手がどかされた時には、私の髪はもうどうしようもなくなっていた。

遊んでる!この人私で遊んでる……!

「うぅ。酷いじゃないですか、左之助さん」

溜息をつきながら後頭部で結っていた髪紐を解く。背の中程まである、染めていない黒髪が音もなく滑り落ちた。

「「…………」」

何故か二人が黙る。

彼等は一体私の言動の何に引っかかったのだろうか。けれど新撰組の人たちが私の言動で突然黙り込むこと自体には段々慣れてきていた。

百四十年以上の世代格差があるんだから、まぁジェネレーションギャップも色々とあるんだろう。

「それで、左之助さん。さっきの言葉ですけど。もしかして……私を巡察に連れてってくれるんですか?」

「ああ。確かおまえは、俺等幹部の許可と同行があれば外に出られんだろ?」

「おい左之ちょっと待て。それ本気で言ってんのか?こいつは刀すら持ってねぇだろ」

すかさず新八さんが異を唱える。

巡察には当然危険が伴う。京の治安維持を担っている新撰組の取締対象は不逞浪士達。斬り合いにだってなるのだ。

そんな場所に付いて行ったとして、現代の平和を謳歌していた自分に一体何が出来る?

自分自身でそう思っているんだから、組長という立場の新八さんから見れば、考えられない発言だったのだろう。

「別に、こいつ一人守るくらい俺達ならワケねぇだろうが。第一こいつだって一応【新撰組の隊士】だろ」

「あ?……そういやそうだったな。考えてみりゃ、仮とはいえ新撰組の隊士が巡察にも出ねぇっつーのはおかしいよな」

「それに、女を守るのは男の役目だろ?」

左之助さんは口元に笑みを浮かべ、さりげなく、しかし堂々と言い切った。その言葉に妙に納得してしまったのか、新八さんが腕を組んでうんうんと大きく頷いている。

この人、学のある人だってのはわかるんだけどさ。……やっぱり単純すぎないか?

「だろ?っつう訳だ、待っててやるから今すぐ支度して来い」

「え?あ、あの、本当に私が行っても良いんですか?」

「小せえ事は気にすんな!おまえの事はこの二番組組長・永倉新八様が守ってやっからよ、だからさっさと支度して来い!」

「……っと、ちょっと待て名。取り合えず髪だけはここで結んでいけ」

新八さんに背中を派手に叩かれて、私は八木邸内に戻ろうと踵を返そうとした。その時、肩に手を置かれて動きを静止させられる。

振り返ると私を引き止めていたのは左之助さんだった。

何故だろう。ここで結び直すよりも、部屋まで戻った方が櫛も鏡も在るから綺麗に出来るし時間もかからないんだけれど。

しかしここで無意味に逆らう理由もないので、手早く髪を右に寄せ、耳の少し下辺りで軽く結った。

「じゃぁ、すぐに支度して来ますから!」

もう一度踵を返し、私は八木邸内へ飛び込む。

廊下を走るのははしたない事だとは思うが、そこは荒くれ者の多い新撰組屯所。それを敢えて口に出して咎めるような者はいなかった。

■ ■ ■

「ったく、あいつ自分が女だってことを隠してんの忘れてるんじゃないだろうな」

名の姿が邸内へ消えたのを確認し、左之助が呆れの混じった溜息をつく。

ちらりと門の外に待たせていた隊士達を伺ってみる。彼等はこちらの様子を覗くでもなく、大人しく待っていた。
それを確認し、無意識の内に今度は安堵の息を吐き出した。

「あー、今の髪を下ろした姿なんざ、男物を着ていようがどう見たって女にしか見えなかったからな」

「あとあいつ、風呂上りなんかにも塗れた髪を軽くまとめただけで寝巻き姿でうろついてたりするぜ」

「朝に寝ぼけてる時とかも結構やばい時あるよなあ」

それからも二人は名が戻るまでの間、彼女の結構ぎりぎりな男装生活についてあれこれと談義に花を咲かせるのだった。




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あきゅろす。
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