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春のかたみ

 

■ ■ ■

「処分無しだって!?」

鬼の副長と恐れられる彼が下した意外な判断に、皆が驚きの声を上げる。

彼の見解については山南さんが補足を行う。結果として場の混乱は収まったが、彼自体は千鶴ちゃんを解放してしまうことには反対のようだ。

相変わらず眉間に深い皺を寄せたまま、土方さんは応える。

「わかっている。……まだ聞かなきゃいけねぇ事もあるしな」

直々に彼女を呼びに行くといって土方さんが腰を上げた。それに近藤さんが続く。そして近藤さんが行くんなら、と総司君が腰を上げ、それに私も続く。土方さんも私の存在に気が付いてはいたようだが、今度は何も言われなかった。

■ ■ ■

近藤さんが障子に手を掛けようとした時、独りでに勢いよく戸が開けられた。
そしてそのまま近藤さんの逞しい胸に千鶴ちゃんが飛び込んでくる。

(あちゃー)

なんという間の悪さだろうか。私は思わず片手で顔を覆う。

これはもう一種の才能ではなかろうか。

千鶴ちゃんもこの事態には相当驚いたようだ。しかし一瞬でその表情を引き締める。小柄な体躯を生かして、近藤さんの脇をすり抜けて逃亡を図る。……が。

「この馬鹿。逃げられるとでも思ったのか?」

土方さんに襟首を掴んで持ち上げられた千鶴ちゃんは、まるで猫の子か何かのようだった。

「放してください!」

(確かに『諦めちゃ駄目』って言ったのは私なんだけどさ)

気持ちはわかる。原作でもこんな流れだったし、驚きはしないけれども。

「……逃げれば斬る。昨夜確かに俺はそう言ったはずだが」

「逃げなくても斬るんでしょ!?私、死ぬわけには……」

暴れる彼女を見て、総司君が笑う気配がした。彼のその様子に再び頭へ血が昇る。

必死に生き延びようする彼女を笑うのはやめて欲しい。それは奪う側の人間の驕りだ。

「彼女を下ろしてあげてくれませんか。いい加減私としては貴方達の年端も行かない少女に対する行いに怒りを覚えているんです。……それと。彼女の命を弄ばないでくれるかな」

千鶴ちゃんを挟んで土方さんの前に立つ。最後の部分は総司君を振り返って牽制しておく。

「「「…………」」」

睨み合いの続く中、緊迫した空気を破ったのは近藤さんだった。

「少し待ってくれ、姓君、今何と……?」

「この子は女の子ですよ、近藤さん」

「な、何、娘っ!?……この近藤勇、一生の不覚!!」

近藤さんの疑問に答えたのは総司君で、その声は何が可笑しいのか、楽しそうに弾んでいた。
驚きを隠しきれていない近藤さんの相手は総司君に任せておくとして、私は土方さんへ向き直る。

「その手を離して、下ろしてあげてください。いたいけな女の子の首根っこ掴んで持ち上げるなんて、貴方は一体どこの悪漢ですか」

「下ろせばこいつは逃げるだろうが。逃げるのなら、俺はこいつを斬るだけだ」

睨み合いが続く。千鶴ちゃんは暴れるのを止めて私の顔をぽかん、と見つめていた。

私は一度土方さんから視線を外す。
大きな桜色の虹彩が印象的な千鶴ちゃんの瞳に、正面から視線を合わせた。

「まだ死ねないよね?貴女には男に姿に身を窶してまでも成し遂げたいことがあるんだから」

「……」

千鶴ちゃんからしてみれば、何故私がそんなことまで知っているのか、不思議で堪らないはずだ。
しかし今ここで私の言葉を否定するようなことはぜず、真剣な眼差しでしっかりと頷いてくれた。

「なら、今ここで軽挙な行動は取らない方が良いのはわかるよね」

「でも……!」

千鶴ちゃんが悲痛な面持ちで叫ぶ。

「大丈夫だから」

そう私が繰り返すと、悲しそうに俯いて千鶴ちゃんは押し黙った。そして小さく頷く。

その様子を見てから、漸く土方さんが彼女の足を床に着けさせた。千鶴ちゃんの襟首を掴んでいた手が解放される。

『命を懸ける程の理由が在るんなら話してみろ』

土方さんがかけた言葉に、千鶴ちゃんは素直に頷いた。

■ ■ ■

「殺されずに済んで良かったね。……とりあえずは、だけど」

最終的には千鶴ちゃんが綱道氏の娘だと判明し、その身柄は新選組預かりとする結論に至る。
そこへ全く心のこもっていない言葉を投げかけてきたのはやっぱり総司君だった。

千鶴ちゃんもさすがに彼の言葉が好意からでないことに気付いていた。戸惑いながらも無視することも出来ず、曖昧に相槌を打つ。

「総司君。それ、私と千鶴ちゃん、どちらに向けての言葉?」

先程からの彼の態度に苛立ちを覚えていた私は、その発言に噛み付いた。

「さあね。僕には名ちゃんの言っている意味がよくわからないけど」

「あの、えっと……。どういうこと、ですか?」

千鶴ちゃんが隣に座っている私と総司君の顔を交互に見やる。
座順からも彼女は私が新撰組側の人間ではないことを理解したらしい。

広間の上座には局長・副長・総長が座り、二面に幹部達が腰を下ろしていた。残った一面に腰を下ろしているのは私と千鶴ちゃんだけ。

どう見たってバランスが取れていない。私と千鶴ちゃんだけでこれだけの間隔を取るには理由があると考えるのが妥当だろう。

その疑問に答えを与えてくれたのは山南さんだった。

「確かに、雪村君は綱道さんを探す上での手掛かり、姓君の言う【鍵】となるのでしょうね」

しかしこれだけでは千鶴ちゃんにとってはちんぷんかんぷんだろう。

「雪村君。姓君は特殊な存在です。千里眼……とは違うようですが、それに近いものを持っているとか。姓君は雪村君と全く同じ状況でこの屯所に連れて来られ、我々も彼女への対応に苦慮していたんですよ」

『苦慮』

その言葉が私の殺害を差していることに気付いたらしい千鶴ちゃんは、驚きの目で私を見た。そして総司君の方も伺う。

私と総司君の先程のやり取りの意味を何となく理解したようだった。

「彼女は我々と取引をしていたんです。『我々は探しモノへと繋がる【鍵】を今月中に手にするだろう』その言葉の真偽がわかるまでは殺さない、と」

「そして俺達はもうこいつを【鍵】だと思っちまってる」

土方さんが山南さんの言葉を引き継いだ。

「あ、じゃあ名さんも殺されずに済むんですね!」

「さぁ、それはどうかなぁ?名ちゃんの処分を保留するのは【鍵】が見つかるまでって約束だったし」

「そんな……。私だけ助かって名さんを殺すなんておかしいじゃないですか!」

千鶴ちゃんは期待した答えをあっさりと否定されて身を乗り出す。総司君は酷薄な笑みを浮かべていた。

 

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