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春のかたみ

 

■ ■ ■

「おはよ。昨夜はよく眠れた?」

広間に入り、緊張で俯いていた千鶴ちゃんに最初に声を掛けてきたのは総司君だった。

(君が言うなよな……)

総司君は千鶴ちゃんをきつく縛り上げた張本人。
その本人が『よく眠れた?』などとよく聞けたものだ。

「……みたいだね。顔に畳の痕がついてる」

くすりと笑った彼の口調は何気ないものだった。

(……ん?)

いや、さっき千鶴ちゃんの顔を見た時にはそんな痕はついていなかったはずだ。

……ということは。

これは彼のいつもの邪気に溢れた遊び心なんだろう。
末席で聞いていた私も、これには呆れるばかりである。立場が立場なだけに表情に出したりはしないけれど。

一方で一君は総司君に対して呆れた様子を隠そうともしない。しかし幹部内で総司君を諌めるのは常に彼の役所となっている。

土方さんや山南さんが怒りだす前に、冷静な言葉で総司君を諌める。
しかし彼は早々に悪戯をバラされてしまって、つまらないといった様子だ。

「……で、そいつが目撃者?」

会話に入ってきた平助君は胡乱なもの見るような目で千鶴ちゃんを見ていた。
私の時は比較的擁護派に立ってくれていた彼も、子供とはいえ、男と判じた相手に対する態度は厳しいらしい。

その平助君の近くに座っていたのは左之助さんと新八さんだった。三人はいつものノリで軽口を叩き始める。

交わされる言葉は軽いものなのに、それでも場に立ち込める空気は酷く重い。

「よさんか!三人とも!」

「口さがない方ばかりで申し訳ありません。怖がらないでくださいね」

厳しい声を上げた近藤さんとは対照的に、穏やかで落ち着いた声が千鶴ちゃんにかけられる。優しげな笑みを湛えた山南さんが千鶴ちゃんに着席を促した。

最後に入室した私は戸を閉めると、千鶴ちゃんの斜め後ろに腰を下ろす。

あらかじめ井上さんが広間までの道すがら幹部達の何人かを紹介してくれていたのだが、近藤さんがそんなことを知っているはずもなく。
近藤さんが皆の紹介を始めると、それを土方さんが苦々しげに嗜めた。

■ ■ ■

一君が昨夜の状況の説明を始めた時。突然、千鶴ちゃんが大きな声を出した。

「私何も見てません!」

千鶴ちゃんも昨夜見たものが、新選組にとって見られては都合の良くないものだったということにさすがに気付いていたのだろう。

そう判断させたのはきっと、目を覚ましたばかりの彼女に私が伝えた言葉も一因としてあったと思う。

「本当に?」

平助君の言葉は質問の形をとっていても、声音からは千鶴ちゃんを全く信用していないことがありありと伝わってくる。
それでも一向に認めようとしない千鶴ちゃんに、新八さんさんがカマをかけた。

(この人、普段はあんな感じだけど、もともとは学のある人なんだよなあ)

カマをかけられた事に気付いてない千鶴ちゃんは、昨夜のことを洗いざらい喋ってしまっている。

それを聞いている総司君の目は幹部達の中でも特に冷ややかだった。口元に笑みを浮かべている分、返って酷薄な印象が強くなる。

(うわあ……。こうなることは知ってたけど、何ていうか……千鶴ちゃんが可哀相だ)

「ほら、殺しちゃいましょうよ。口封じにはそれが一番じゃないですか」

にこやかに言い放つ総司君の言葉が向けられたのは、実質、近藤さんや土方さんに対してではない。かといってそれは千鶴ちゃんに向けられていた訳でもなかった。

一見柔和な表情を浮かべてはいるが、総司君は明らかに私を挑発している。
千鶴ちゃん以外の皆も気が付いてはいるだろう。

近藤さんと一君に窘められても、総司君が悪びれる様子はない。

というか、私には彼が悪びれる様子というものを想像すること自体が出来なかった。

■ ■ ■

『絶対に誰にも言わない』

そう言って必死に取り縋る彼女を土方さんは一度広間から下がらせた。
その肩口を掴んで無理やり立ち上がらせて引きずって行ったのは一君だった。

彼は自身の感傷に行動が左右されることがない。だからこそ、昨夜の騒ぎでも彼が対処に彼が選ばれたんだろう。
こういう時、総司君だったら、皆が見ていないところでこっそりと始末してたりしそうで怖い。

私自身、一君が適任だと思う。しかし今の千鶴ちゃんへの扱いはどうかと思う。
私が彼女の後を追うために立ち上がった時だった。

「おい、待て。誰が行って良いと言った」

じとり、と睨み付けてきながら土方さんが私を引き止める。
私は立ち上がったまま、苛立ちを含んだ瞳で彼を見下ろした。

「……私に一体何を聞くつもりです?聞いたところで答えは昨夜と変わりませんよ。今あの子から聞いた内容だけで皆さんがあの子を【鍵】かどうか判断できたって言うんなら話は別ですけれどね!」

私もいい加減短気だと思う。しかし一度頭に血が昇ってしまうと、言いたいことを言い切らないと収まりがつかないのだ。

自分が気が強いとは思わない。それでも、もう止まらなかった。

今だって本当は怖い。いや本当に。だから怖いからそんなに睨まないでください土方さん!

今からでもごめんなさい!と謝って正座したい。……が、それをぐっと我慢して、私は必死で視線を受け止めた。

「第一、あの子をこの屯所まで連れてきた時点で、土方さんの中では結論が出てるんじゃないですか?副長としての体面があることは理解できますけれどね!あの子が一体どんな罪を犯したっていうんですか!」

広間に沈黙が下りる。他の皆は静観を決め込んで口を挟んでこない。

「あー、てめぇも一々突っ掛かってくんじゃねぇよ。女なら少しはしおらしくしてろ」

数瞬の間をおいて土方さんが口にしたのは、そんな言葉だった。

「…………」

まさか土方さんの口から『女らしくしろ』なんて趣旨の言葉をかけられるとは思っていなかった。

確かに男物の衣服を着用してはいるが、私を近くで見て男だと判じる者はまずいないだろう。
それでも、一見して女とわからぬように男装しろと指示したのは土方さんだ。

いろんな意味で不満はあったものの、彼に敵意が無いことを察した私は、渋々元いた位置に腰を落ち着けたのだった。

 

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あきゅろす。
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