[携帯モード] [URL送信]

春のかたみ

 
「あ?何だ何だ?俺にはさっぱり話が見えねぇんだが」

新八さんが自分が一人だけ話題から置いてけぼりになっていることに気付いたらしい。
不満そうな声を上げるので、私が自ら説明してあげる。

「永倉さん。お二人は私が既婚女性ではないか、と考えてるみたいですよ」

「そーか、何だお前結婚してたのか……って。おい、嘘だろ……っ!?」

(おお。ノリツッコミ)

初めて生で見た。

私に言われるまで思い至らなかったのだろうか。新八さんは私の言葉にぎょっとした表情を見せる。

がしっと。無骨な掌が私の肩を強く掴む。

(え)

「名!お前、結婚してやがったのか!?」

ちょっ、そんな激しく揺さ振るなっ。気持ち悪くなる……というか痛い!

「痛っ!ちょっ、永倉さん!落ち着いてください!」

体格の良い、というか逞しすぎる彼に思い切り肩を掴まれ、痛みが走った。私が上げた声に新八さんがはっとする。

掴まれていた肩が解放される。ちょっとだけほっとした。

彼が悪い人間ではないことは十分に理解しているつもりだ。

特に永倉さんは新選組の中でも面倒見の良い兄貴分だし、人情にも厚い方だと思う。しかし、時折見せる彼の冷たい眼差しに、背筋が凍るような心地にさせられるのも確か。

今の行動だって驚きによるもので、私を責めた訳ではないのだろう。

それでも私が信用されていないこと明らかで。直情的な彼の行動に、瞬間的な恐怖を覚えてしまうことが間々あった。

「わ、悪ぃ!大丈夫か?」

「……はい、すみません。私も少し大袈裟でした」

私は乱れた襟を軽く直す。

せっかく苦労して着たのにな。

「で?どーなんだ名。お前、もう結婚してんのか」

原田さんがにやりと笑う。

何というかこの人、きっと私が未婚であることを感じ取っているんだろうな。
さすがモテる男は違う、ということか。

平助君は平助君で何故か縋るような目をしているし。永倉さんは身を乗り出して私が答えるのを待っている。

「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、私はまだ独身ですよ」

私の返答を待ち構えていた平助君と永倉さんの二人から肩の力が抜けた。長い溜息に安堵が滲み出ている。
原田さんは予想がついていたようだったので、大して表情に変化は無かったが。

「皆さんからしたら私は結婚、というか子供がいてもいい年ではあるんでしょうけどね。でも私がいた所では二十五を超えてから結婚するのも珍しくなかったですよ」

何故か二人が激しく脱力しているので、私は敢えて明るい声音で続けた。

「だから安心してください。私を殺したところで夫や子に恨まれるようなことにはなりませんよ」

「「「…………」」」

沈黙。

努めて明るく言ったつもりだったんだけれど。

あれ、なんかデジャヴ。何か朝方も似たような状況に陥った気が……。

「た、確かにそうなんだけどさ。それ、お前自身が笑って言うなよな……」

平助君が乾いた笑いを顔に浮かべて肩を落とす。

別におかしなことを言ったつもりは無いのだが。しかしどうやら今日はそういう巡りの日のようだ。

私は曖昧に微笑んで、その場を流すことにした。

■ ■ ■

「あ。それより名。オレより年上なんだから、『藤堂さん』なんて堅苦しく呼んでないで、『平助』って呼んでくれよ。オレもお前のこと名って呼んでるしさ」

昼餉の膳を下げに部屋から出て行こうとしていた彼が、こちらを振り返りながら言った言葉がそれだった。
先に廊下に出ていた永倉さんと原田さんが振り返り、意外そうな表情をする。

正直なところ、今の私の立位置はかなり微妙だ。

私の怪しい予言を、はっきり言って皆本気では信じていないだろう。
今私が殺されずにいるのは、私の態度が女にしては度胸が据わっていたからだ。

『その度胸に免じて、その時が来るまでは殺さずに置いてやる――――』

そういうことだと思っていた。

そして私自身がそう思われることに納得していた。彼女が、千鶴ちゃんが現れるまでの合間、私を守ってくれるのは私の言葉だけなのだからと。

気を抜けば、ただ切り殺されるだけ。それは今も変わらない。

だから。これははっきり言って不意打ちだった。

千鶴ちゃんが来るまで、彼らに近付くことは出来ないと思っていた。彼女が現れたとしても私が彼らとうまくやっていけるかどうかはわからないと。

(あ、やばい)

目頭が熱い。このままでは後十秒で確実に涙腺が決壊する。

だからその前に返答しないと。
彼らに部屋から出て行ってもらわないと。

「ありがとう……平助君」

何とかして私の口から出たのは、そんな短い言葉だけだった。

「お、おう。それじゃこれ片付けてくっから。じゃあな、名」

からり。と障子が閉められて室内に静寂が戻る。

彼等は、私が泣きそうになっていたことに気付いてしまっただろうか。
何故私が泣きそうになっているのか、気付いてしまっただろうか。

 


[←][→]

2/4ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!