春のかたみ
一
本日の昼餉の献立。
油揚げのお味噌汁。西京焼きの魚。菜物の胡麻和え。
お味噌汁は相変わらず出汁が利いていない。しかし朝餉のようにはしょっぱくはなかった。
沖田さんの調理はいつも投げやりかと思える出来だ。それが多少なりともマシになっている。
朝方の会話が、彼の自尊心に何かしら訴えかけたのだろうか。
彼が調理に気を遣いながら厨に立つ様をと想像する。何だか微笑ましい。
(沖田さんて普通に子供っぽいからなぁ。あれで邪気を振り撒かなければ……)
……いや、それじゃただの大人気ない大人だ。手に余る分、なお一層のこと質が悪い。
美形だけど。確かに沖田さんは美形なんだけど……っ!!
嫌味な沖田さんとどちらがマシか。
脳内で自分の意見に突っ込んだり葛藤している私の行為は、他人から見たらさぞや不毛に思えることだろう。
しかし外界から隔離されている今、私以外に返答してくれる他人はいなかった。
■ ■ ■
どうやら斉藤さんは午後の巡察当番だったらしい。
当然監視役も交代。昼餉の膳を部屋まで運んでくれたのは平助君だった。
彼は監視をするのにわざわざ寒い部屋の外で待機するつもりはないらしい。午前の二人と打って変わり、自ら進んで入室し私の食事に立ち会う。
「ごちそうさまでした」
箸を口に運ぶ合間に話し掛けて来るものだから、すっかり遅くなってしまった。通常の五割増は時間が掛かっている。
箸を置き、膳の上の食器を簡単に重ねる。
「手を煩わせて申し訳ないけど、私はここを出られませんので。片付けの方よろしくお願いしますね、藤堂さん」
普段私は心中で彼を『平助君』と呼ぶ。しかし現実に彼を名で呼ぶことはない。
他の新選組幹部達は今も私への警戒を続けている。過度な接触は避けているようだった。
彼も例に漏れず、通常は食事が終われば早々に膳を下げに部屋を出て行くのだが。
「……藤堂さん?」
何故か今日に限って、彼はなかなか膳を持とうとしない。
その様子を不審に思い、小首を傾げて彼の表情を窺う。
いつもは勝気で鮮やかな色を映す新橋色の瞳。今は純粋に疑問が浮かんでいた。
「……名ってさ、歳いくつ?」
率直な質問だった。
彼らしいといえば、確かに彼らしいとは思う。
しかし、あまり正直に女性に年を聞くものではない。
現在私は男装中で袴姿だ。髪も日本髪には結っていない。
しかし幹部達にとって私が女であることは周知の事実。
平助君とて私が返答に困るような妙齢ではないと判断したからこそ、聞いて来たんだろうけれど……。
「……二十歳、ですけど」
サバを読むようなことはせず、素直に返答する。満年齢で数えた年齢ではあるが、嘘は言っていない。
しかし返答を耳にした平助君の目は驚きで大きく見開かれた。
私はその瞳を見ながら、綺麗な色だな、と話題と関係のないことを考えていた。
「やっぱ俺より年上じゃん!!」
「ま、それはそうでしょうねぇ」
私はあっさりとした様子で返答する。
しかし今の彼にとって、素っ気ない態度を取られたことは瑣末なことらしい。
頭を両手で抱えると大げさにのけぞった。
「見た感じじゃよくわかんなかったけど!話してみりゃ確かに年下とは思えねぇし!」
はて。一体何故彼はここまで苦悩しているのだろう。
その様子に深刻さは微塵も感じられなかったので、心配はしないけれど。
「――おい、平助。お前何こんな所で騒いでやがんだ」
さっと障子を開ける音がした。来訪者の顔を確認すべく、首をそちらを向ける。
永倉さんと原田さんは眉根を寄せてこちら……というか、頭を抱えて苦悩している平助君を見下ろしていた。
ちなみに声を掛けて来たのは原田さんの方だ。
「聞いてくれよ新八っつぁん!左之さん!今名に歳聞いたんだけどさ、こいつ二十歳だって言うんだぜ!?」
「あ?それが一体何なんだっつーんだよ?」
平助君の様子を理解出来ず、永倉さんが苛立った声を出す。
「俺も年上かもしれねぇとは思ってたんだけど。でもここに来た時は振袖着てたから、まさかと思ってたんだよなあ……」
「ま、関所を通んなら、近くの貸屋で振袖を借りるなんてのは別に珍しいことじゃねえだろ。女一人じゃ振袖を着てねえ方が色々と面倒だっていうぜ」
あー……。何となく、話が見えて来たかもしれない。
振袖=未婚女性というのが江戸時代の通念。そして地域差はあるが、この時代、女性の平均的な婚姻年齢は十代半ばである。
恐らく彼ら、というか平助君は私が所帯持ちかもしれないと考えているのだろう。
江戸時代には【厄よけへ行く振袖は売れ残り】なんて句が詠まれてたぐらいだし。
娘盛りは十八まで。十九も過ぎれば嫁に行き遅れ、二十歳を過ぎれば年増だもんなぁ。
それを思うと何だか複雑な心境だ……。
(年増かあ……。流石に直接言われたら、ちょっと嫌かもしれない)
現代では大半の娘が学生をしている年齢でも、江戸時代じゃしっかりおばさんなのか……。
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