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春のかたみ

 
いや、理解できないのはこっちだって。何故私は沖田さんに笑われて、斎藤さんにそんな目で見られなきゃいけないんですか。

「こっちの不始末で殺されそうになってた君を、僕達は都合が悪いからって殺そうとしてるんだよ?なのにどうして名ちゃんは美味しくないご飯出されて感謝なんてしてるのさ!」

一応美味しくないという自覚はあるのか。

「あまつさえ、俺達はそのあんたを軟禁している」

斎藤さんがいつもどおり感情の読めない表情で付け足す。沖田さんはまだ腹を抱えて笑っていた。

……いや、笑いすぎだろ。

「私が浪士達に殺されずに済んだのは、隊士さんのお陰ですよ。確かに皆さんが来るのがもう少し遅ければ、その隊士さんの手で解体され臓腑を撒き散らす破目になっていたんでしょうけど」

自分でも皮肉めいた口調になっていると思う。でも事実だ。
彼等羅刹達に私を救おうという意思があったとは思えない。私には人であった頃の自我が残っているようには見えなかった。

あの血色を透かした瞳は、私を捕食しようとしていた。

だがそこにどのような意思があったとしても、結果は同じ。

私は救われたのだ。

「……今生きてられるのは皆さんのおかげだということに変わりはありません」

一度言葉を切る。いつの間にか沖田さんも笑うのをやめていた。

「私は皆さんに二度、命を助けてもらっています。そしてまだ殺されていない以上、私が皆さんに感謝するのは当然のことだと思います」

恨むのは、殺された時でいい。

「……やっぱり変わってるよ、君」

黙り込んでしまった斎藤さんの変わりに応えた沖田さんの言葉。珍しいことに、この時だけは邪気を感じ取ることが出来なかった。

■ ■ ■

私が食事を済ませると、二人は膳を下げに部屋を出て行った。
少しだけ丸窓を開けて、私は中庭を眺める。

雲間から白い陽光が差し込んでいる。きらきらと光る中庭の雪が眩しい。

もとより大した量は積もってはいない。どんなに雪化粧が美しくとも、この分では昼を待たずして早々に溶けて消えてしまうだろう。
吹く風は冷たく、空気は冴え冴えとしている。

私は飽きることもせず、ここから外を眺めて過ごす。

戸を閉めて部屋に座していたところで、何もない部屋では物思いに耽ることくらいしか出来ない。

窓を閉めて篭っていれば寒くないのかもしれない。しかし流石にに息が詰まりそうだった。

この部屋には通常誰も訪れない。

硝子を嵌めていない窓や障子は外界から視覚的に室内を隔離する。
私の存在は幹部以外には伏せられているのだろうから、その方が都合が良いことはわかる。

常に近くに誰かが待機している。しかし室内にいてはそれを感じ取ることは出来ない。

空疎な時間は私の精神を確実に蝕む。

この世界に自分が確かに存在しているのか。
自分がいるこの世界は確かに存在しているのか。

そんなことも、わからなくなっていく。

だから私はこの窓から外を眺めていた。すぐ近くに監視役がいなくとも、誰かが通りかかることもある。
中庭の様子を眺めているだけでも幾分かは心が落ち着いた。

この部屋の外には確かに世界が在り、時が流れていることを脳に理解させる。
自分の存在と世界の存在を感じるために。

一日中、中庭を眺め続けた。

 


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あきゅろす。
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