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春のかたみ

 
■ ■ ■

「……っき、今日の食事の当番は沖田さん、ですか」

本日の朝餉の献立。大根菜の味噌汁、大根と魚の合わせ煮、ほうれん草のお浸し、お新香。

虜囚扱いの身としてはかなり良い物を出してもらっていると思う。恐らくこれは幹部の皆と同じ食事のはずだ。
そもそも私の情報は幹部止まりだ。万一他の隊士達に不審がられた際に『客人』で押し通し易いようにとの配慮もあるのだと思う。思う、が……。

京都という土地柄にも拘らず、出汁の味が感じられない味噌汁はかなり味が濃い。これはどう考えても味噌の入れ過ぎだ。
そして口直しにと口に入れたお浸しは、これでもかと醤油をかけられ、本来強い筈のほうれん草の香りが感じられない程だった。

これが出される食事の度であったなら、ずいぶんな嫌がらせだと思ったことだろう。

しかし実際にこのようなことが起こるのは五日に一度程度の頻度。全体の味や料理の特徴が変化するは概ね五日程の周期で巡っていた。

とすれば、食事の支度は輪番を組んで行われているものと考えられる。

手がかかる料理は薄味で丁寧に作られているのにも関わらず、簡単な料理は不味いとか大雑把とか言うレベルでは説明のつかない投げやりとも思われる味付け。

これは斉藤・沖田組が食事を担当した際の特徴だ。

ちなみに丁寧で繊細な味付けをされた料理を作るのは斉藤さん。沖田さんのは大体味が濃いか、しないかのどちらかだ。
これはもう本人に食に対して興味がないとしか思えない。

だってこれ、美味しいとか不味いとかの域を超えてるとしか言いようが……。

「何か文句でもあるのかな、名ちゃん」

思わず箸を止めてしまっていた私へ、じとりと睨み付けるような視線を投げかけてきたのは沖田さんだった。

何故この部屋に来たのだろう。

廊下に立っていた彼はそのまま室内へと入ってくる。どうやら私の言葉を部屋の外から聞き咎めていたようだ。

しかしこの部屋には私の監視役として既に斎藤さんがいる。

膳を運んできてくれた彼は、初めは外で控えていると主張した。しかし朝でなくとも京の冬は十分寒い。
私は半ば強引に彼を説得して部屋の中へと引き入れた。だから私はちゃんと見張られているのだが。

「いえ、別に。むしろ新選組一番組組長、沖田総司さんの手料理を口に出来る日が来ようかと思うと感慨深くすらありますね」

嘘は言っていない。しかしあまりにも白々しかったのか、私の発言は無視された。

「で、どうかされたんですか。私の監視なら既に斎藤さんが当たってくれていますけど」

「……、いつも外で控えているはずの一君の姿が見えなかったからね。まさか一君が監視をサボるとは思えないし。どうしたのかなと思って様子を見に来ただけさ」

彼は言いながら何故か顔を横に背ける。

そしてそのまま部屋を出て行くのだろうという私の様子は裏切られた。沖田さんは後手で障子を閉めると斎藤さんの横に腰を下ろす。
この時、今まで沈黙を保っていた斎藤さんが口を開いた。

「総司。厨からここまで後ろに付いて来ておきながら、今更何を言っても遅いと思うが」

「ちょっ、ちょっと一君!余計なことは言わないでくれる?」

慌てた様子の沖田さんが彼の口を手で塞ぐ。

斎藤さんの言葉と沖田さんの態度から大概のことは察しがつく。

それにしても沖田さんて、意外と斎藤さんと一緒にいることが多いよなぁ。仲が良いという感じでもないし、気が合うというのも違う気がするのだが。

もしかしたら行動パターンが似通っているのかもしれない。多分、行動原理や意図については全く被っていないんだろうけど。

「……今日は一段と冷え込んでいたので、斎藤さんには中に入ってもらっていたんです。監視をするなら側にいた方が楽ですしね。……そんなに凝視しなくても、せっかくのお料理を残したりしませんよ」

斎藤さんの言葉にはあえて触れない。変に突っ込んで沖田さんに臍を曲げられても面倒だし。

後半の方は冗談で言ったつもりだったんだけれど。予想外にも沖田さんは一瞬動きを止める程の反応を見せた。

「べ、別に無理しなくたって良いよ。今日のはたまたま失敗しただけだし」

「いや、この惨状はいつものことだろう」

(うわあ、斎藤さん酷い)

まさに一刀両断。

私でも明らかに見栄だとわかっていて、それでも触れないでおいたのに。
別に今日のは味が尋常でなく濃いというだけで、食べられないような味ではないんだけれど。

しかし斎藤さんは薄味の方が舌に合うのだろう。もしかしたら沖田さんの今日の味付けが個人的に許せなかったのかしれない。

「ま、どちらにせよ食べさせてもらえるだけで十分に有難いと思っていますから。皆さんには感謝していますよ」

「「…………」」

何故か室内が沈黙に包まれる。

あれ。何か変なことを言ったかな、私。

「……っぷ!あはははは!」

「……理解できんな」

沖田さんが声を上げて笑う。斎藤さんも少しだけ眉間に皺を寄せ、珍妙なものでも見たような顔をしていた。

 


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