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春のかたみ

 
あぁ、知らない天井だ。

某有名ロボットアニメの主人公のようなことを思考してみる。

しかし私がこの部屋に居ついてからもうひと月が経過しようとしていた。故に正確には違和感を覚える、というのが正しい。

のろのろと体を起こし、朝目が覚めて一番の難関に取り掛かる。寝巻きから着物に着替えねば……。

「えーっと、まずは襦袢……」

京の冬は寒い。近頃はまた一段と強い寒気でも居座っているのか、朝晩には雪がちらつくようになっていた。

私の出身は特段南方ではなかったが。地勢的な問題なのか単に海が近かかったためか、雪が降ることなど数年に一度のこと。しかもまず積もらない。

そのためか雪、しかもこの江戸時代(まあ後数年で明治に改暦されるわけだが)の立派なお屋敷で深深と降り積もる様は、ちょっとどころではなくかなりの感動モノだった。

「……っくしゅ!」

しかし。京の冬は感動だけではどうにもならない程度には寒かった。しかも冷暖房、断熱住宅に慣れた現代っ子には、特に。

申し訳程度に体に纏っているだけになってしまった寝巻きの帯を解く。
私の寝相は決して悪くない……はずなのに、毎朝目覚めると毎回かなりあられもない姿になっている。

嘆息が無音に近い室内にやる瀬なく落ちていく。

着付けがしっかり出来ていないということもあるのだろうが。どうやらこの状況は、睡眠時に窮屈さを感じた私の無意識が生じさせているという分析結果に落ち着いた。

だって現代ではいつも薄着で寝てたんだもん。

着物など、夏の浴衣を自分で着付けるのが関の山だった。そのためかひと月がたった今でも着替えには手間を取る。

しかし何を言おうがここは新選組。どれだけ美人が多かろうと、悲しいことに右を向こうが左を向こうが視界に入るのは男だけ。

いくら何でも、二十歳の女が大の男に着替えさせてもらう訳にもいかない。

そんな訳で。すぐに着崩れを起こす私を見て、最初の十日程は隊士を篭絡するつもりか、と侮蔑のこもった嫌味を言われ続けることになった。……特に山南さんや沖田さんあたりに。

そして軟禁生活に入って二週間程経った頃。

とある出来事をきっかけに、自分が年に数度浴衣を着るより他は洋装をしていたこと説明した。

皆は信じられないと呆れた様子だったが、結局私の様子を見かねた近藤さんの断固とした主張により、私は幹部から着付けを習うことになったのだった。

ちなみに講師役を任されることになったのは斉藤さんである。

別に八木家の女中さんで良いと思うのだが。なんでも、外部に私の存在を知られたくないとのこと。

それからというもの。毎回盛大な溜息を吐き出しつつも、彼は丁寧に着付けを教えてくれた。そして、いまだに私の衣服が乱れた折には逐一注意してくれたりする。

……ただ、その時彼が私と目を合わしてくれることは、決してないのだけれど。

■ ■ ■

努力の甲斐あってか、たっぷりと四半刻以上をかけ、一人で着替えを完了する。袴姿へ身なりを整えた私は、布団を畳んで丸窓の障子を開ける。

刺すような、骨を軋ませるような冷気が室内に入り込む。その冷たい空気が一瞬私の喉の粘膜を引き攣らせた。

「さっむ……!」

「当たり前だ。これだけ雪が積もっているのだから、寒くないわけがない」

感情の込もらない口調と声音。

それだけで、たとえ姿が見えずとも声の主が判断出来た。
視線を斜め下に傾ける。予想通り、壁に背を預けた斉藤さんが廊下に座り込んでいた。

中庭は雪化粧が施され、よく手入れされた日本庭園が感慨深い冬の情緒を感じさせてくれる。

「おはようございます、斎藤さん。待たせてしまってごめんなさい。……でも、何も私が自分で起きて顔を出すまで待たなくても、叩き起こしてくれて良かったのに」

実際、沖田さん辺りはそうするのだが。

部屋の障子を開け放ち、布団を剥ぎ取って寒さに震える私を見下ろす蛍眼を思い出す。『わざわざ僕達を起こしに来させるなんて、君は一体何様のつもりなの?』とか何とか。

いやぁ、思い出しただけで腹が立つって凄いなぁ。しかも日常の一コマとなりつつあるあたり、更に。

「そうしたいのは山々だが、俺は同じ轍を二度踏むつもりはない」

表情を変えることなく、こちらを向くこともなく、淡々とした様子で斎藤さんは答えた。

そもそも、私が彼から着付けを習うことになった源初の要因はそれだ。

彼は以前沖田さんとともに朝方私の様子を見に来た折、寝乱れた私の裸身に近い醜態を目撃している。
沖田さん辺りは呆れた顔をしていたが、斉藤さんの驚愕した表情と完全に硬直した姿は早々見れるものじゃないと思う。

私とて羞恥心が無いわけではない。しかし軟禁された身でどうこう言えるものでもないのは理解している。故に深くは気にしていなかった。

そもそも私の醜態は彼らの過失ではない。目覚まし時計が無いからといって寝過ごした自分が悪い。
彼らを責める気がないというよりも、どこを責めたらいいのかわからない。

だが彼はあの時のことをまだ気にしているようだ。

「……優しいんですね。では次からは外から声を掛けるなりして急かすようにでもして下さい。この寒い中、外で貴方を待たせ続けるのは嫌ですから、私」

そう告げると斉藤さんはちらりとこちらに視線を向け、何故か溜息を吐いた。

「……わかった。では次からはそうさせてもらおう。だが、俺としては待たせる前に、身支度くらい済ませておいてもらった方が遥かに有難い」

彼の言葉はもっともだ。だが生物としての三大欲の内、睡眠欲が最も強い私の体質としては素直に確約できない。

「……努力はします」

(ごめんなさい、斉藤さん。約束は出来ない……)

私は誠心誠意謝罪した。ただし、心の中で。

 


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