春のかたみ
三
というかこの人。先に断りを入れておかなければ、何を言おうとこの場で私を斬り伏せるつもりだったんじゃなかろうか。
「……はい」
だがそれでも私は沖田さんの言葉に頷いた。
たとえそれが、彼等にとってどれ程突拍子もないことだったとしても。私の利用価値を認めてもらうとすればそこしかない。
ならば。それを告げる他に道はないだろう。
「……いいだろう。聞くだけ聞いてやるから言ってみろ。ただし、答え次第でお前の首が飛ぶかどうかが決まるっつうことを、よーく肝に銘じて喋るんだな」
土方さんの許可が下りる。その言葉に私は頷いた。
「【新撰組】という条理の外側の存在を知っている皆さんだからこそお話します」
前置きを置いて、呼吸を整える。掌に汗が滲んでいた。
自分でも、何故こんな事態になってしまったのだろうと思う。
闇を駆逐し、不可思議を科学する現代に生まれて。生まれてこの方、幽霊どころか火の玉だって見たことない。
その私が。
「私は――これから先、この京の町、そしてこの国全体を巻き込む大きな流れ……その折々に起こる事象についてを『知って』います」
『条理の外側』を信じろ、だなんて。
口に出来たのは、笑える程に陳腐な言葉の羅列でしかなかった。
広間に沈黙が下りる。
それは突拍子も無い言葉に理解が追いつかないというよりも。
この状況でこんなふざけた事をのたまう私の存在自体が信じられない。
……というのが正しいのだろう。
皆、一瞬呆気にとられたものの、刀に添える手が震えている。
この場では斬りかからぬという約定を事前に取り付けていなければ。私は今、半数くらいの人間からは斬りかかられていたかもしれない。
「てめぇ……ふざけてんのか」
地獄の底から響くような声を発し、土方さんが私を睨み付ける。
(こ、恐っ……!)
それでも、今更退いたところで私に待っているのは死刑宣告だけ。
もう前に突き進むしかない。
「この状況でふざけるぐらいだったら素直に『殺して下さい』って言ってますよ!その方が断然楽に殺してもらえそうですもん!」
敢えて高ぶった感情を抑えずに露出させる。
あまりに余裕を見せ過ぎても、不信感を高めるだけ。
死を、恐怖を、全て理解し感じた上で私が言動していることを示す。
「……とにかく。皆さんが私を信じるかどうかは別ですし、皆さんの自由です。それをとやかく言うつもりはありません」
彼の殺気に段々と涙ぐみそうになってきたが、何とか堪えて言葉を続ける。
「私は別に予知能力者じゃありません。それに全てを『知っている』訳でもない。今後五、六年程の間に起きる可能性。付随して派生する選択支。それらを僅かばかり知っているだけです」
……例えるなら、それは樹木の枝のように伸びる籤の隠された暗部の一部を除き見たようなものだろう。
だからもし、私の知らない選択をした時。どんな結果が訪れるのかは解らない。
しかし未来の一部から知りえる過去の情報も、中にはある。
だからこそあれが幕府の密命により研究されているもので。ここで臨床実験が行われていることも。
表には出せない色々な事情についても、知っている。
私が説明を終え、再び広間に沈黙が下りた。
皆の怒りも一端喉元を過ぎたようだ。殺気は発されたままではあるものの、刀の柄からは手を放してくれた。
これだけの剣豪に取り囲まれ、両手を拘束されている私には抵抗の術がないということを漸く思い出してくれたらしい。
「ねぇ、君さ、名ちゃん……だったっけ。これだけ堂々と未来を知ってるなんて言うからにはさぁ、証拠ぐらい見せてくれなきゃ」
表面だけは優しく。だがその裏に滴るような毒を含んだ笑顔で、沖田さんは言った。
どうやら、彼は私の思惑に感付いているらしい。私が彼等に取り入ろうとしていることに。
彼の瞳は『本当の話なら面白いけど、出来るものなら今すぐにでも切ってしまいたい』、そう言っているように見えた。
「……でしたら、一つ直近で起こる出来事を皆さんにお教えします。ただし、その真偽が確かめられるまでの間、私の殺処分を保留すると約束して頂けるのなら……ですが」
そこへ意外にも、今まで顔色一つ変えずにいた斎藤さんが口を挟む。
「待て。その条件では真であった場合でも、あんたは処分を受け入れるということになるぞ」
……何というか。
(重箱の隅を突付くような細かさだなあ)
別にそれで構わないと思っていたからこそ、そういう言い方をしたんだけれど。
一度に多くは望めない。
確実な手を打たなければ。一手間違えた先には死が待っている。
ただ、取りようによっては斎藤さんが私に不利に話が進まないように気を遣ってくれたとも取れる。
そうだったらいいなと思うので、そう思うことにしておこう。
「お気遣いありがとうございます。でも、これで皆さんが私のことを信用してくれたとして、その上で私を処分するしかないと判断するのなら」
殺したい、訳ではないんだろう。彼等も。
護る為に厭わないだけで。
その行為を好んでいる訳では、きっと。
厚意の片鱗すら見えない、僅かばかりの気遣いでも。
望んで、私という個人を殺そうとしている訳ではないのだと。
そう思うと、笑みが浮かんだ。
さっきはあんなにも苦労したというのに、自然と。
「その時は『痛くないように殺して下さい』とでも、お願いしますよ。……結果が出た後の処遇については、皆さんにお任せします」
新選組が私を利用したいなら、利用すれば良い。
私は明確な言葉にしないまま、言外にそれを含ませた。
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