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春のかたみ

 
目が覚めると見知らぬ部屋に寝かされていた。
そこはこじんまりとした六畳間程の和室。

全身の骨と筋肉が軋む。寝返りを打ちたかったが、どうやら後手に縛られているらしく、それもままならない。

だが縛られずにいたら恐らくは仰向けに寝かされることになる。
それはそれで帯が酷い事になっていた筈だ。ついでに着崩れを起こして目も当てられないという状況が予測される。

どちらがマシかと言われれば。

……どちらとも言えないのだが。

確かに体は痛む。……だが今はそんなことよりも。

「どうして……生きてるの、私」

呟いきとともに「あの光景」を思い出す。

刺し貫かれた男の腹部。滅多刺しにされ、肉塊へ、肉片へと解体されていく死骸。転がる赤い首。吹き上がる鮮血。

瞬間的に猛烈な吐き気を催すが、必死にそれを口内で押し止める。奇跡的にそれに成功し、吐き気が治まるまでの間、浅い呼吸を繰り返した。

「うぅ、く……ふ、ぁ……はぁ」

なんとか吐き気が治まって来た頃。障子戸が静かに開けられた。
入って来たのは、物静かな雰囲気を纏った黒い着流し姿の青年だった。

「漸く目が覚めたか。あんたの話を聞く必要がある。……来い」

彼の言葉にも、声色にも。温かみは一切感じられない。まるで物にでも話し掛けるかのような。

しかし意外にも、その手からは気遣いを感じた。長時間の拘束の為、思うように身動きの取れない私の動作を補助してくれる。

青年は腕を拘束する縄を後手から前へと結び直した。私が歩けそうなことを確認し、引き綱の先を持って部屋を出る。

■ ■ ■

「斎藤です。件の女を連れてきました」

「入れ」

広間の前で斎藤さん(というらしい)が声を掛けると、中から入室を許可する声が聞こえた。

室内に通され、私は下座で腰を下ろす。刺さるような視線がありありと感じられて、非常に居心地が悪い。

しかし意を決して顔を上げ、そこにいた面々を確認する。

そして、確信した。

(ここは、薄桜鬼の世界か……!!)

上座に座していたのは堂々とした威風を持つ、精悍な顔をした男。脇には不機嫌そうに眉根を寄せた黒髪紫瞳の美男。
次席には撫で付けた栗色の髪に丸眼鏡を掛けた男が控えていた。
一見柔和そうに笑みを貼付けた男が私を見ていた。しかし萌黄の瞳は酷薄な色を湛えている。
心配そうな顔をこちら向ける月代頭の男からは、人の良さそうな印象を受けた。
少し離れて、逞しい体付きに緑布を額に巻いた男と、赤髪に腹部をさらしで巻いた長身の男。それに一際若く、長髪を高く結い上げた勝気そうな目をした青年が座している。

そして最後に自分をここまで連れてきた、黒い着流しに白布を首に巻いた、美青年。

こうして一度認識してしまえば、彼等は間違えようもなく『薄桜鬼』の新選組幹部達だった。

(ということは、今からの尋問に上手く答えなきゃ私、始末される……!?)

驚きあるが、危機が身に迫っていることを強く感じた。

彼等の根が善であることは理解している。しかし薄桜鬼の主人公であった千鶴ちゃんには、どう転ぼうと新選組に受け入れられるだけの理由があった。

しかし自分にはそれがない。

彼等には私を生かしておくだけの理由が、ない。

「ねぇ土方さん、この娘全部見ちゃったんでしょう?いいじゃないですか殺しちゃえば。話なんて聞かなくてもそれが一番簡単ですよ」

私の内心を見透かしたように、沖田さんが発言する。まるで夕餉の献立を話し合うような軽い口調。
内心冷汗を浮かべる。実際、彼にとっては私の生死よりも夕餉の方が重用だろう。

その言葉に土方さんは眉間の皺を深くしていたが、永倉・原田・藤堂の三人組はあからさまに苦々しい表情を浮かべていた。

「総司、あまり軽はずみなことを言うものじゃない」

「流石にちょっときついんじゃねえ?だってその娘、明らかに巻き込まれたってだけだぜ?」

近藤さんが沖田さんを窘める。
当の本人は肩を竦める動作をして今の発言は冗談だと示すが、誰が見てもわざとらしさは拭えない。

平助君も助け舟(?)を出してはくれたが、それは山南さんが却下した。

「藤堂君。我々新選組が在るのは京の町の平和を守るためなんですよ。ただでさえ憎まれ役の私達の立場がこれ以上悪くなれば、治安活動をすることも出来なくなる。たった一人の娘に情けをかけ、京の町に住む人々全員を危険に晒すつもりですか?」

「それはわかってるけどさー」

山南さんの長講釈に、平助君は不服そうに口を尖らせた。それを見て私は少し微笑む。

見ず知らずの女であるはずの私。
その私を庇う発言をしてくれたことが、単純に嬉しい。

「――――っ!!」

どうやら笑みを浮かべたことが平助君本人にバレてしまったらしい。彼は慌てた様子で顔を背けてしまう。

耳が僅かに赤いように見えた気がしたが、気のせいだろう。
トリップしたとはいえ、笑みを浮かべたくらいで彼がときめくとは思えない。そんな都合の良いトリップだったら、私はあんな光景を見る羽目には陥っていない筈だ。

純粋に庇い立てしてしまったことを本人に気付かれ、気恥ずかしかったのだろう。

「そこで笑うか?普通……。こっちはお前さんを生かすか殺すかって話をしてんだぜ?」

「ははっ!面白ぇ嬢ちゃんじゃねぇか!昨晩のことといい、今の態度といい、そこら辺うろついてる浪士どもよりよっぽど肝が据わってやがるぜ!」

苦笑いする左之助さんとは対照的に、新八さんには豪快に笑い飛ばされた。

まぁ不逞と言われて反感を買った訳ではないようなので、あえて気にはしないが。心中複雑ではある。

 


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