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春のかたみ

 
暑くはない。寧ろ指先は痛い程に冷えている。
それでも顔の輪郭を伝い落ちていく雫の感触。

「……この子の処遇について、私に口を挟む権限はありません。それに、私が何と言おうと、皆さんには自分の命を惜しんでの繰言にし聞こえないんじゃないですか?」

声が震えそうになるのを必死に堪える。
言えるものなら言ってしまいたい。『この子が私の言っていた鍵だ』と。でもそれでは駄目だ。

私は皆に私を『殺したくても殺せない存在』として認めて欲しいのではない。『生かしておくべき存在』として認めて欲しいのだから。

「……トシ、やはりこの少年を今殺してしまうのはさすがに早計というものだろう。事情を聞き、新撰組に害が無いようであれば、解放してやっても良いと思う。それに話を聞かねばこの少年が彼女の言う【鍵】かどうかもわからんしな」

皆が結論を出せずにいたのを見かねたのか、近藤さんが意見を述べる。

言葉を弄するのが好きな人ではないと思う。
それでも一つ一つ、皆が納得出来るように。言葉を紡ぐことを厭わない。

流石に局長の意見に異を唱える者はいなかった。
結論を出すのは翌朝千鶴ちゃんが目を覚ましてからということで落ち着く。

しかしこのまま千鶴ちゃんを朝まで広間に転がして置かせる訳にはいかない。

現状を見ているだけで不憫だ。
というか少女(少年に扮していても)を縛り上げ。真冬の深夜に床板に直に転がし。大の大人(しかも男)が取り囲んで座談してるって。

それがどれだけ非道に見えるか、お前等ちょっとでいいから想像してみろ。知らない人間が見たら悪の組織と勘違いするぞ。

とにかく、監視対象は複数に分けるより一箇所に纏めて置いた方が効率がいい。

私がそう主張すると、意外にもすんなりと許可が下りた。

そうこうして、千鶴ちゃんは私が蟄居させられている部屋に運び込まれたのだった。

■ ■ ■

千鶴ちゃんは総司君の手により容赦なく全身を縛り上げられていた。そのまま布団に横たえられる。
長旅の疲れもあったのだろう。その間も彼女が目を覚ますような気配は微塵もない。

私という不安要素が在るにも拘らず、彼女だけが縛り上げられる。何故か私に縄がかけられるようなことはなかった。

私が彼女を解放する危険性は危惧していないのだろうか。

まぁ、千鶴ちゃんにかけられた特殊な縄の結びを私が解くことは不可能だったのだけれど。

ただ、縛り上げられている彼女を見て、自分だけ安穏と眠りに付くことは気が引ける。

横にはならずに部屋の隅で腰を下ろす。壁に背を預け、朝を待った。

 


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