春のかたみ
七
■ ■ ■
後から戻ってきた千鶴ちゃんに話を聞くと、総司君も大分不機嫌になっていたらしい。
結局、銚子や食器の類は八木家の女中さんが洗ってくれたようだった。
「なんだかあの伊東さんって人が来て、皆ぴりぴりしてるみたいだね」
千鶴ちゃんの声には不安げな響きがあった。あれだけはっきりと見せられれば、気付かない方がおかしいだろう。
しかし実際に近藤さんは気付いていない。いや、むしろ気付きたくないのかもしれない。
「彼は尊王派の人間だからね」
私は笑顔を作る。今はまだ当たり障りのない言葉しか言えない。
それでも。私は彼の存在のために起こる出来事を阻止したい。
そのために出来ることを。
私は無意識の内に腰の暁へと手を伸ばしていた。この刃が、その名の如く闇を切り裂く光明となることを祈る。
――例え鞘に浮かぶ朱色の雲紋が、血霧の雲を指すのだとしても。
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