唇に、甘い違和感。 ふんわりと残ったのはキャラメルの味。 重い瞼を上げるまでに30秒。 体を起こすまでが15秒。 脳がしっかり覚醒するまではそこから2、3分かかる。 そんな自他共に認める寝ぼすけ。 加えて、どこでも寝られるという特技も持っている俺。 よく『悩みなんかなさそう』と言われるけれど、大有りだ。 それは最近感じるようになった、ある違和感が原因で。 だからと言って誰にも相談なんてできない。 「もし違ったら…自意識過剰、ってやつだし…」 言えっこないよな、フツー。 キスされてるみたい、とか気のせいだとしたら憤死モノである。 だけど気になるんだからしょうがない。 「やるしかねぇな、犯人探し」 「そういう訳だ。佐倉も手伝ってくれるだろ?」 親友というよりは悪友。 でも誰よりも信頼しているダチである佐倉に俺は協力を要請した。 「構わないが。大地、犯人に心当たりあるのか?ああ、手掛かりならあるか。残念ながら相手はおとk…「言うな。分かってるから!」‥ですよねー」 言うな佐倉! 俺だって認めたくねぇよ。 男子校でファ、ファーストキス奪われたことなんてっ!! 「それだけじゃないぜ。ソイツってぜってぇビビリだと思う。俺が目を開ける寸前、大げさなくらいバッと離れてったし」 「…ふぅん、他には?」 「えーと……あっ、キャラメルの味したから…甘党!」 「甘党、ねぇ。今はスイーツ男子増えてるらしいぞ。特定は難しいんじゃないのか」 「う、でもまぁ、一人だけ容疑者から除外できたから、取り敢えずはよし!」 「一人?」 「佐倉、甘いもん苦手だろ?まぁ、それ以前にあり得ねえけどさ」 「………」 「お前だけはダメだから」 よかった、と安堵の息を洩らす。 「なんで」 「え」 「なんで俺だけは駄目なんだよ」 「だって俺らダチだろ?んなコトされたらさすがに―――…」 「…6組の成田」 「??」 「お前がアホ面さらして寝てた頃、俺、教室で入れ違いになったぞ」 「…っあんの愉快犯め!!」 頭に浮かんだのは、人の不幸と面白いことをこよなく愛する人物で。 瞬時に疑惑でいっぱいになった俺は、一目散に教室を飛び出した。 だから、分からなかった。 「…悪い。まだお前を手放したくないんだ、許せ……」 佐倉が苦しげな顔をしてそう呟いていたなんて。 放課後、人気のない第2図書室で俺は成田を問い詰めた。 「おやおや、なんだね。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」 成田は邪気を含まない微笑みを浮かべて肩を竦める。 演技になんか騙されない、と俺はきを引き締めて口を開いた。 「可愛くてたまるか!つぅか成田お前、俺に…ききき‥っ」 「キスしたかってことかな?」 「そうっ、それだ!」 「……したよ、って言いたいんだけどね。生憎、面白味のない嘘はつかない主義なんだ」 ――悪いな真壁。 オレはどう転んでも愉快犯ですから。 面白くなる方を取らせてもらうけど、恨むなよ―― 「?なんか言ったか」 「いんや」 先刻、成田の口が何かを早口で呟いたように思ったが、ふわりと笑いかけ、首を振られる。 これ以上聞いたところで絶対答える気はなさそうだ。 俺は追求を諦めた。 「佐倉なら知ってるはずさ。キス泥棒の、本当の正体」 「お前の名前出したの、佐倉だけど」 意味深な言い方をする成田にムキになって言い返せば。 「じゃあ彼奴の机の中を見てみな。……そこにあるのが答えだよ」 訳の分からないヒントを押し付けられたあげく、図書室からやんわりと追い出されてしまった。 腑に落ちないが、俺は言われた通りに教室の、佐倉の机の中を探ってみる。 ふと、指先が何かに触れた。 「キャラメルの箱?」 ご丁寧に中身はほとんど手付かず。 甘いものが苦手なアイツらしい。 これの何が答えだバカ成田。 ふと違和感を覚え、箱を開けてハッとした。 1つだけ、中身が食べられてる。 まさか。 あり得ない。 だけど、この香りは。 「あの時の…キスの味……!」 一瞬、思考がフリーズする。 状況は真実を如実に語りかけてくるけれど、意味が上手く飲み込めない。 急上昇する体温。 胸の鼓動がやけに煩くて。 「…うそ、だろ?マジかよ」 俺はしばらくその場から動くことが出来なかった。 翌日。 「犯人探しをやめる?」 「あ、あぁ…俺、男だし、な。ファーストキスくらいでガタガタ言ってたら、ちっせぇだろ」 俺は犯人探しをやめる旨を佐倉に伝えた。 「背はちっせぇからなー」 「うるせ。つー事だから!」 キス強奪事件は、気が置けない悪友で一番近くにいるダチ、佐倉の仕業だった。 その真実は俺を混乱させた…って、現在進行形だけど。 それでも。 俺はまた、無防備に眠ってしまうだろう。 眠気に弱いのもあるけれど、違う理由もある。 ほんの少しだけ…嬉しかったのだ。 相手が、佐倉で。 だから、もう一度。 キャラメル味のキスで目覚めさせて欲しい。 願いながら、俺は佐倉に微笑みかけた。 END ---------- 煮えきらない話ですみません。 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 master*nikko *HP*http://id11.fm-p.jp/373/strongcoffee/ [back] |