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サイテーな彼女──10
クラスではそこそこに注目を集めるがどこか話しかけづらい──そんな奥村が休み時間にビクリとしたなんて。──

「うおーい光舟〜! 来てやったぞ〜!!」

この声は、調子のいいでかい声は間違いない。──
奥村が怪訝そうに顔を向ける前に、現れる──眼前に。

「なっ……」

顔と顔が近いなんてもんじゃないその距離に更にびくりとした自分が奥村は恨めしい。

──ねえ、すっごい近くなかった? 今?
──彼女? ええー。
──野球部って恋愛禁止とかないのかな?
──ていうか、先輩女子だよね?

クラスの女子達がそそっと喋っていた。

「へー鈴花が可愛がってるっていう”こうしゅうくん”?」
「最近な〜」

つまり、鈴花は友人連れだったのだ。

「へええ鈴花が可愛がってるってことはいい子なんだねえ」

──こちらは可愛がられたくなどない!

奥村は強くそう叫びたいも、初対面の先輩女子を怒鳴ったりはできない。

「ところで何か用ですか」

鈴花がにこりとした。

「あ? たまたま通り掛かったからよ〜」
「そうですか。用もないなら出ていってください」
「おまえ酷いな! せっかく顔を見にきたってのによ〜」
「部活でいくらでも見れるんじゃないんですか」
「でも制服着てるとまた違うっしょ? カワイイって言っていいぞ!」

しんとした。──

「……一年の教室でまで、そんなバカな……なんてバカなんだ……」
「クラァ! あっ、そーだアメっこやるよ、アメっこ!」
「要りません」
「んだとかわいくねーな! あたりめじゃねーとダメなのか!」
「そういうわけじゃ……」

──あ、いつかのアタリメってこの先輩からもらったんだ……。
クラスメイトが思うことだ。

「要らねーんだったら瀬戸君にでもあげとけ! じゃー部活でな!」 

鈴花は勢いよく笑顔で手を振ってゆく。
奥村の机にはアメがひとつ、ころん。
数秒、見つめていただろうか。──
かさりとパッケージを開けた。

──あっ食べた! 奥村君が食べた!
──あんな悔しそうにアメ食べてる人、初めて見た……。
──でもふっと、おいしそう。

垣間見えるほのかさを感じ取るクラスメイトも居た。
その日の放課後だった。

「ごちそうさまでした」

奥村のそれに鈴花がきょとんとしたのは。──

「何がよ?」
「く……っ飴です。通り掛かりの野良犬に餌をあげるくらいの気持ちだったんですか?」

やはり律儀に言うんじゃなかった、この人はバカなんだから。──然し、だからと言って礼もしないのは自分で許せない。
そんな奥村が歯噛みした。

「ノラにゴハンあげちゃダメじゃね」
「そういう意味じゃない……!」
「うまかったかー?」

鈴花がわかっているように和ませるので、奥村は思わず頷いてしまった。

「……はい」
「よーしよしよし順調に懐いてきてるな!」
「くっ……そんな事はありません」

そんな奥村が歯噛みした。
けれど鈴花は気さくに笑う。それは年上の余裕なのだろうか。──
何故、奥村自身は悔しさ覚えるのだろうか。その日の夜には寝床でつい考えてしまった。

──誰が懐いてるだと?

そう思えば何故だか悔しいのに船津鈴花という人の気さくさが脳裏に浮かぶ。
練習で疲れた身体と共に、思考はベッドに吸い込まれていった──。


翌日の練習後では食堂に渡辺や御幸が。そして鈴花も共にビデオを見たり、資料を読んだりしていた。

「あれ、先輩達まだビデオ見たりしてんのかな」
「今日もミーティングあったのにね……やっぱり凄いなあ」

風呂上りの瀬戸と浅田だった。

「何か盛り上がってるっぽい? つうかこの声……」

瞬間に奥村が立ち止まり、その顔はどこか不機嫌そうな──。瀬戸が思うことだ。
すると奥村はすぐに戸を開けたではないか。

「失礼します」

中に居たのはいつもの先輩メンツだった。
ゾノや春市はきっとどこかで振っているのだろう。

「おーおまえらもビデオ見るか?」

御幸が何気なく振り返ったけれど、その隣では渡辺のノートを見ながら大盛り上がりの鈴花が居た。

「スッゲー!! 渡辺さん凄すぎじゃないっすか! マメっすね〜! さては女子にもマメなんじゃ!?」
「いや、そんな……」

先輩を謙遜させている先輩に当然奥村は苛立つ。

「通りがかりですが、頭の悪そうな声が離れた外までだだ漏れでしたよ」
「はあ?」

そこでやっと気づいた鈴花が振り返った。

「……っおおい、誰かと思えば光舟じゃね〜の〜!! 頭悪いとか、んだコラァ! バカだって言いて〜のか!」
「はっはっはっいつもの事だな!」
「なああ〜! 御幸センパイ〜!! ああっ! 騒いでサーセン! ビデオ巻き戻しますね!」

その様子を奥村が観察していた。

「光舟見てくか? 夜、勉強あんだろ?」
「ああ、だが──」

瀬戸に頷く前に、リモコンを握っている鈴花を見た。
そしてそちらへ向かって行った。

「ぁあっ! 巻き戻しすぎた〜! 何回もやってんのに機械に慣れね〜!」
「貸してください」
「おお!?」

突然助けてくれた奥村を鈴花が見上げた。──

「こ、こうしゅう……あんがとな……すげえなおまえ……」

どこかキラキラした目で見つめる鈴花を一瞥して、奥村は御幸を見た。

「御幸先輩がやった方が早いんじゃないですか」
「やらなきゃ覚えるもんも覚えねーだろ?」
「はっ! 頑張るであります!」
「それにこの人、いつか破壊しそうで──だから代わりにやったんです」

鈴花がガタッと立ち上がった。

「んなっ!? 光舟〜てんめぇ〜! 誰が破壊活動なんかするかー! ハァアアアア覚悟しろや……! アタッタタッシャバッポウッ!」
「奇妙な拳法で俺を攻撃しないでください」

鈴花のこういった怒りにも大概慣れてきたのか、奥村は涼しい顔をしている。
浅田と瀬戸は奇妙な拳法に笑いを隠しきれない。

「いくらバカでも機材までブッ壊すワケねーだろ!! そりゃバカじゃなくてドジっ子っつうんだよ!」
「だったら何なんですか。──それに心配なのは機材じゃない。船津先輩がケガする事です」

御幸はそこはかとなく微笑み、瀬戸と浅田、渡辺は目を丸くした。
鈴花はというと──再び目を煌かせて奥村に近づいた。

「光舟〜! やっぱおまえ、順調に私に懐いてきてるな!」

背伸びして、その手は奥村の頭を撫でた。

「何……っやって……! 懐いてなんかいない!」

言い放った瞬間、奥村は昨夜、ベッドでつい考えてしまい、寝落ちしたことを思い出し、はっとした。

──誰が懐いてるだと? と思えば悔しいのに気さくな笑みが何故だか瞼の裏に浮かんだ昨夜。
心の中で何かと何かが繋がっているような──そしてそれが何かわからないようなもどかしさがあった。

「光舟、どした──いつもよりキレ気味でよ」

そう、いつもより走る奥村の感情を感じ取ったのか、鈴花がそっと手を離した。
二人とも合わせた視線を離さない。

「俺はあんたに懐く犬になりたいわけじゃない」
「犬じゃねーだろ!」
「そうですよ。そしてただの親切な後輩でもない」
「光舟……?」
「あんたがバカだからいつの間にか面倒見てるだけです」

おい、その言い方──と瀬戸が言いかけたけれど。

奥村に見えたのは気さくな笑顔だった。──
その瞬間、心の中で繋がっている何かと何かが解った気がして、奥村は目を見開いた。

「いつもありがとな」

少し照れているらしき鈴花の表情、素直な言葉。
今までも時折、見て来た。
だから、きっと。──

「何故だか放っておけない。助けたくなるだけです。説教もしますけど」

腹立たしいバカに懐くなんて悔しいことこの上ない。なのにいつの間にか”助けたくなる”だなんて、芽生えていたなんて。
こんな信じられないくらいの感情、どうりで気づかなかった訳だ──。
奥村はそう認めるだけ。
今、くるりと背を向けた。

「じゃあ失礼しました。予習があるもので──お疲れ様です」

瀬戸と浅田が「お疲れ」と言う御幸と渡辺に挨拶して、そわそわとして追いかけた。
鈴花が微笑み見送り、振り返った。

「先輩方、お騒がせしちってすんません……! ささ、ビデオの続きを〜!」

御幸がちらりと鈴花を窺えば、先程は奥村の棘を包むような照れた笑顔を見せたのに、いつも通りの騒がしさに戻っている。

「お、元に戻った──てワケじゃねえの?」

意識して切り替えてんの? と。
けれど。

「へ?」

本人は全く意識していないようだ。

──あーこりゃ奥村も説教したくなるわな。

そう、あの奥村がわざわざ説教してやる程、放ってはおけないらしい。
御幸が心中思い、ふっと笑んだ。


サイテーな彼女──10

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