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仕方ない紅に──8──初雪を待つ前に──後
「……っ杏寿郎さん?」
「しばらく、こうして居てくれ」
「ええ、ええ、いくらでも……」

突然に。
私にとってとても嬉しい温もりなのに、どうしてこんなに切ないの。──
杏寿郎さんの指先が震えて、また掻い付いた。

「こうしていると……つい、幼い日々を思い出してしまう。母が居た頃を」

何も思考を巡らせることもなく、私は反射的にぎゅっと抱きしめ返した。
ああ、私がもっと力強かったら、もっとぎゅっとしてあげられるのに。

「杏寿郎さん……」
「鈴花が酔ったならどうなるのか見てみたいとも思ったが、あまりに強くて驚いた」

言葉は平然を装おうとして、私に抱きつく腕はその平然を許していない。

「……っやっぱり節句くらいにしておきます。あなたが寂しがるならそれすら要らない」
「俺は──寂しそうに見えたか」
「はい」
「すまない──」
「謝らないで」
「鈴花が共に居てくれるのに」
「私だって失った人を思い出せば悲しいもの、寂しいもの。でも杏寿郎さんが居てくれる」

杏寿郎さんはぱっと離れて、ぐっと温いお茶を煽った。

「すまない、泣き言を零すところだった」
「杏寿郎さん……?」
「母を失って父は情熱を失い、酒に溺れてしまった。それは事実だが、俺は俺の責務を全うする。──そうしている間に鈴花という女人にも恵まれた」
「私をも大事に思ってくれるのは嬉しいけど……」
「鈴花が好いてくれるこの情熱を絶やさずに生きてゆく。俺は己を信じる」
「確かに私はそんな貴方に惹かれたけど……」
「すまない、鈴花が辛そうな顔をする必要はない。どうか──。決して寂しくない訳などない。だが泣き言を零すよりも、鈴花が好いてくれた己のまま俺は生きる」

聞いてくれてありがとう。──そう貴方は言った。
そして私を撫でて、気遣った。

「そんなに心配そうな顔をしなくてもいいぞ! 弱音を吐き零して鈴花を悲しませるなどあってはならない。さあ、鈴花は酔いが回ってきてはいないか?」
「もしかしたら、ほろ酔いかもしれなかったわね……けれど、一気に醒めてしまったかも……」
「済まない、俺がしんみりとさせてしまった」
「──だから?」

もう、我慢できない。──

「酔いどれ加減を心配するなら、茶でも一杯よこせ、この煉獄杏寿郎」

私がそんな口ぶりをしても、貴方は私を案じる顔をする。

「やはり酔いが──」
「醒めたっつってんだろ。つうかもともと殆ど酔ってないわよ」
「……っ何故泣くのだ、やはり俺が……」

何故? こっちこそ、何故って訊きたいわ。──

「私、私……っ何度も言ってる……! この虚弱なんて倒されてもいいって、細い骨なんか折られてもいいって、貴方だったらいいって、何度も……! 泣き言零したら何だっていうのよ、弱音を吐いたなら私は悲しむって何よ……! 何で謝るのよ! 面だけ笑顔になってもごまかされないんだからね! しんみりさせたら何だっていうのよ……!」

呼吸が苦しくて倒れそう。けれどそれ以上に叫びたい。

「済まない、俺は──」
「謝らないでよ……っそんな事よりさっきみたいに私にすがりついたらいいじゃない! こちとらいっつもこの骨身で貴方の炎撃受け止めてるんだからねー!!」

叫んだって、癇癪ぶつけたって、案じてくれる。そんな優しい手が、私をそうっと触ることが今だけは気に入らないわ──。
大事にしてくれることは嬉しいのに、もっともっと、貴方だって、杏寿郎さんだって思うままぶつかって来て欲しい。

「鈴花に甘えろというのか──」

ぐっと息を吸い込め、思いを吐き出せ、体当たりの恋心のまま、ぶつかれ──。

「甘えるっていうのはね! どんなに癇癪起こしたって、ぶち撒けたって絶対受け止めてくれるって信じてる私みたいな奴のことだわ! なのに貴方はごはんがおいしいとか、可憐だとか、いつも私を褒めてくれて……っだから、もっと頑張ろうって思えるのよ! 一方的に与えられること、当たり前なんて思えないから……だから、私だって、貴方にもっと信用されたい、辛い時はすがって欲しい……っ」

ぐっと涙を拭っても零れて、零れて、

「私はそんなにわがまま言ってない筈だわ……もしもそうなら、信頼を勝ち取るしかないわね!」
「信頼している」

なんて優しい顔をしてくれるの。──

「……っ結局涙拭われてるの私じゃないの……!」
「謝らなくていいと、俺の耳は聞いた」
「だから何よそうだって言っ……あっ」

あんまり力強くて、ほんとに骨が軋んじゃう──。
杏寿郎さんの腕も手も、肩も少し、震えてた。
顔は私の胸にうずめられたまま、見えないまま。

「……っ」

そっと髪を辿って撫でて、もっと胸に引き寄せて、しっかり抱いた。
杏寿郎さんの力は少しづつ弱くなって、やがて私の胸に打ち震えそうな息を零した。
やがて二人してなだれこむように布団に横になってもそうしたまま──。
私の腰に指が食い込んだ。
杏寿郎さんはそれに気づかないくらい今、どうしようもない思いや悼みを言葉もなく噛み締めているのだろう、また掻い付く。
頼られているって思ってもいいのですか。──
もっとそうして欲しい。
背中をぽん、と撫でるとまた私にしがみついて、指を離そうとして、震えては掻い付く。

「もっとしっかりしがみついていいですよ。ここには私しか居ないから……たまに寂しくなったら休憩して……鴉がやってきたら、柱の顔になればいい」
「……随分と甘やかす」

その声は少し、掠れていた。

「どうせ貴方は邁進するんだから、でも、人間なんだから」

よしよしと背を撫でて、もっと安心して、大丈夫大丈夫だよと思うばかり。

「それにね。私、あなたのおかげでまた一つ、とりえを見つけたの」

杏寿郎さんの頬を包んで、目を合わせた。

「胸が小さいものだから、ぎゅうっとしても、貴方を窒息させずに済んでるわ」

杏寿郎さんはほのかに泣き笑って、私をその腕に包んだ。

「……気が抜けて、心落ち着く」
「そうね……でも寂しさは変わらない──お互い、失った過去は変わらないもの」
「けれど心を支えてくれる人が居る」
「私なんて飛び掛っても受け止めてもらえてるんだから、支えるくらい当然だわ」

やがて思い出や寂しさを杏寿郎さんは少しづつ、口にしてくれた。
きっとなかなかない事。気丈な人だから。──

「胸元を少し、濡らしてしまっただろうか」
「気にするの?」
「ああ、そうか──しなくても良いのだったな」
「そう、安心して、お休みなさい。──」

ほどなくして、鴉がやってきた。

「森羅万象のお力が貴方のお手に宿りますように。──」

私は願う、貴方はゆく、
じきに初雪が降る──。


──初雪を待つ前に──後

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あきゅろす。
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