帯を交換した。
互いの帯を巻いていたら、頬に抱いたなら、共にいなくともせめてお互いを感じられるように。
心は共にあるのにもっと欲しい。
「この帯に抱かれて同じ夢を見たいなあって……何度も、そう思うの」
「共に居ると、すぐに解いてしまうのだが」
「僅かな時間だから……ほどいても……ほどきっぱなしでも……」
ありのままそう言ってしまった私ははっとして照れて、杏寿郎さんは心地よさそうに目じりを下げていた。
いつか鬼が居なくなったなら──そんな世の中が来たら、ずっとずうっとこうして居て。
夜がとろけて、私たちはカラスが来ないことに感謝をした。
けれど、朝方、洗濯物を干している時に、杏寿郎さんのカラスがふわりといらっしゃった。
なのに、何も告げずにいたことを何より重畳だと──そんな束の間の安寧を慈しんだ貴方に私は微笑んだ。
「ああ、毎度」
「……っはい」
杏寿郎さんが柱稽古から戻っていらしゃった頃だった、いつもの声が響いたのは。
お屋敷の庭の木々に対して不死川様が容赦ないなどという明るい言葉を聞いていたなら、「毎度」と──。
たたっと出ると、やはり毎度様な方が、どさどさと米やお魚などを配達に来て下さった。
「お酢はどうしやすか」
「ええ、一升くださいな」
いつものやり取りをして、彼がお帰りになった後、私はいつもの様に麹などを御勝手に運ぶ。
その手を引きとめて、運んでくれたのは杏寿郎さんの手だった。
「あっ……私の仕事ですから……っ」
「ああ、こさえるのは鈴花だものな。──だがこのくらいはさせてくれ。隊士達も寄ってはたくさん食って貰わねばな」
「ええ、精をつけて頂かないと!」
私は杏寿郎さんにお礼を言って、共に食材なんかを運びこんでいた。──
そこに先ほどの配達の方がまた、ひょっこりお顔を出した。
「そうそうこれを忘れそうになっちまって……。いつも世話になってるもんで、うちの主人がこれを、とね」
「まあ……料理に使うのはもったいない程の……」
「ええ、生酒ですので、お早めに」
きらきらとした一升瓶を眺め、私と杏寿郎さんは顔を見合わせた。
「俺は呑まないが鈴花はどうだ?」
「私はどちらでも……料理に使うお酒や、お神酒などはあるけれど、晩酌などは殆どしなかったなあ……そういえば」
しかも、生酒だというし。──
「お早めにとの事だし、開けてみようかな……せっかくだし」
その夕方、私は驚いた。まさか、杏寿郎さんにお酌されてしまう日が来るとは──。
「杏寿郎さんは?」
「いや、酒は呑まない。──」
そう言った杏寿郎さんは何故か少し寂しそうで、私は気になった。
「あの……」
「酒がこの身に残ってはいつ何時、カラスが来るかわからないのだから」
「そうですね……」
「鈴花は普段呑まないのか」
「少しだけ……節句などに頂いたりもします」
「弱いのか?」
「どうでしょう。それほどとは思えないけど……でも、一口飲んで倒れるということはないです」
「酔うとどうなってしまうのだろうか」
「ほんと、正体を失うほど呑んだこともないんですよね……」
ざらめを少しだけ入れた梅漬けがよく似合って、つい進んでしまう。
「お、おいしい……」
「そんなに呑んで大丈夫だろうか」
「そ、そうですね、つい、おいしくて……」
「俺は呑まないが、呑みすぎるとなると地獄の苦しみだと聞く」
「で、ではこのくらいで……」
私は猪口を置き、お酒を下げようと、立ち上がった。
「平気か。ふらついたりしないか?」
「え、ええ、全然……急に立ち上がってもびくともしないし……」
「なんと! 虚弱虚弱と言うも、酒にはめっぽう強いとは!」
「わ、わかりません……他の方々がどの程度呑むのかも……」
「俺の知っている範囲ではなかなかのなかなかと見た!」
鬼殺隊の方々はやっぱり、なかなか頂かないんだろうな──。
けど、私少し、誇らしかったりして……私にも強いところ、あったなんて。
「けれど、どうか大切にして欲しい」
「はい──ではやはり、このあたりで……」
下げようとした瓶を目に、私はちょっと、ぎょっとした。
私一人で一升近くも飲んでしまった。
「やっぱりこれは多いのかな。多い……わよね、きっと。そんなに酔ってないけれど……強い方々はもっと呑むのかな、きっと。──」
なんだかんだでふわっとほろ酔い。
「でも大丈夫よ、算盤も順当に弾けるくらいよ」
私が頂いている合間、杏寿郎さんはお煎餅やきなこ餅を食べていた。
「そういえば、酔って癇癪大爆発になったりしなくてよかった……まだまだ呑めるけれど、このくらいに……」
「まだまだ呑めるとは──だが、どうか大切にしてくれ」
「はい」
杏寿郎さんのその表情が少し、せつない。
私は気になるばかり。──
やっぱり調子に乗ってしまったのかな。
本当に、酔ってはいないのだけれど。──
「あの……杏寿郎さんは、お酒を呑む人や宴席が好きではな……あの、気になってしまって」
これほど頂いてしまってから言うなんて。
そのせつな、抱きつかれた。──まるで子供が母にすがるように。