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仕方ない紅に──7──夜の花言葉──1
仕立て上がった着物を頂戴しに参ったその日。
そわそわしながら袖を通して、帯を締めた。
お揃いの巾着片手に私達は町に繰り出した。──

「なんか緊張する……いいのかなって思っちゃう」
「何故だ? 俺は今日まだまだ鈴花を襲わないぞ! 俺の選んだものまみれで歩む鈴花をもっと見ていたい! 本日帯を解くにはまだ早い!」

もう、このお人は──。

「別にすぐにでも解いていいけれど……っ緊張するのは……緊張というか、嬉しいだけよ! 初めてこんな可愛らしい着物に袖を通して、好きな人とその、お揃いのものを持って、こうして隣を歩めて……はあっ! 呼吸が落ち着かない……」
「胸が苦しいのならば、すぐに帯を解いてもいいのだが」
「もう! 貴方が言うとちっともいやらしく聞こえないのが憎いわ!」

口を尖らせて見せても、そんなの貴方の明るさにすぐ照らされて笑顔になる。──

「昨日も鬼を斬ったのに、疲れていない?」
「だから本日は小休止して、夜までは鈴花に癒されようという所存だ」

と言いつつ、昨夜遅くに帰ってきた杏寿郎さんは、結局朝から稽古に励んでいた。
夜に備えて休むのかと思ったなら、この露草色の着物で町を歩もうかと仰ってくださった。──
鴉が来ればすぐにゆかれる、それでも。

「癒されますか? いつ私の癇癪大爆発かわかりませんよ」
「それはそれで大いにいじらしいので大歓迎だぞ!」

こんな私を──なんて言ったら貴方はきっと叱咤するでしょうね。
ううん、その照らす心で引っ張ってくれるんだ、いつも。──

「皆が鈴花を見ている」
「え!?」

素っ頓狂な声を出してしまった。

「路行く彼が、彼女が露草色の君を見ている」

貴方が下さった露草色のこの着物を──纏って歩む私を──そう言ってくれる。
その眼差しは優しくて、心引き寄せられる。

「杏寿郎さんが目立つからよ……私を見る誰かが居たのなら、それはこの着物が可愛らしいからよ」
「違うぞ。よく似合っているからだ」

独占欲故に俺の贈ったものまみれになるといいと言ったが、結果鈴花が誰かの目に留まるとは。
貴方はそう言って、けれどはつらつとした笑顔をくれた。
私は今でも湯に浸かっては、鏡に映る骨身を見ては、あと少しでもいいから女性らしくふっくらしたいと思うことがある。
けれどじめじめと視線を下げなくなった。──
日向に引きずり出されてお日様を見上げれば、熱いくらいあったかいって気づいたから。──

「似合っているのは、貴方のおかげで明るくなれたからよ──ありがとう」

うきうきとして歩いているから余計に誰かの目を引くんだわ、きっと。──
また少し、自信を持てた。
──自信を持て、俺の貴石なのだから。
あなたがそう言ってくれたから。──


さあそろそろ腹すきという時、杏寿郎さんは私に何が食いたいか聞いてくれた。

「あの、杏寿郎さんの行きたいところに……食べたいもので」
「俺と同じものを頂くのだろうか」
「それはもちろ……でも、あ、ごめんなさい、私、あなたほど食べれなくて……」
「俺が人の十倍食うだけだ! 案ずるな!」 

そして遠慮は無用、と──そんな貴方に心朗らかにされてしまう。
そしてそして、目に留まったのはいつかも立ち寄った、うどんやさんだった。──

「おお、今日は何杯になるやら──。鈴花はどうだ? 他の店にするか?」

私は思わず、ちょっと噴出しそうになってしまった。

「どうした! 可笑しいらしい!」
「ごめんなさい……だって杏寿郎さん、私に他の店は? って気遣ってくれるのに、こちらのうどんやさんに寄りたそうで……そわそわしたそぶりが見えたんだもの」
「なんと! 丸見えか!」

私はまたちょこっと噴出してしまって、今日は何よりうどんが食べたくなった。

「参りましょう」

こんなにも笑顔で貴方の手を引けるようになったなんて──。
貴方が選んでくれた露草色の着物を纏って、お揃いの巾着を手に、私達は暖簾を潜った。
きゅうっと握り返されて嬉しい。
私、握りつぶされてもいいくらい、だなんて思えるのはきっと貴方の手があったかいから──。

「らっしゃい! おお、今日は一段と──でえとかい」

一段とって仰ったご主人には以前癇癪を起こしてしまった。
お詫びにも来たことがあった。

「そうだ一段と仲睦まじい! 鈴花が自ら手を引いてくれるのだから!」

──俺だ! 俺の手を! 俺達は熱い!!
だなんて高らかに言ってくれる貴方──。
嬉しいけれど、照れてしまう。
けど、うどんやさんのご主人はその勢いにぎょっとしながらも、その目を細めた。──

「そうだなあ、確かに──。一段と様になってるぜ、紅の旦那と露草のねえさんが」

そう言いながら、きっと杏寿郎さんの食べっぷりを憶えていらっしゃるからか、うどんをたくさん茹で始めた。
露草色の着物の私──いつものように、紅の貴方。
互いに目を見合わせて、微笑みあって、お互いの袖をきゅっとして、額の温度を近づけた。

「私、この着物のおかげで一段と、でえと気分を」
「それは似合っているからだ」
「貴方の贈り物だからよ」

ふふっと耳元で交わした。
うどんやさんのご主人が頬を染めていいのか見て見ぬふりをしたらいいのかやれやれと思っていたなんて私達は気づきもしないほど。
けれど気づくしかない声が響いた。

「きゃあああ!! こ、こんなところで口を吸ったりしたら……うどんをすする暇も……っ!!」
「うるさい! 須磨ァアア!!」

そう、華やかな鳴り響きは聞き覚えがありすぎるほど。

「宇髄と夫人方か!」

杏寿郎さんはぱっと煌くそぶりで振り返った。


仕方ない紅に──7──夜の花言葉──1

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