夢 鬼滅奇譚──3 きっともう二度と会えない──。 摩訶不思議な体験をしたな──随分と。 「そういえばこのオーガニックソープで猪……じゃねえや、跡部さ……まじゃねえや、伊之助が滑ってたんだっけ……」 うん、ぐにゃって踏まれちゃったけど、半分くらいは使えるみたい。 でも、それよりも思っちゃう、二度と会えないのかな──って。 「はあ……あいつら今頃どうしてるんだろ……」 さっき、鬼滅奇譚を久々に読み返してみたけどやっぱりおもしろかったなあ。 爺さんが若い時に、買ってたんだっけ……? 実家かじーさん家に行ったら、続きあるかな……? 「明日行ってみよっかな……ん〜」 「む?」 「へ?」 「ここはどこだろうか」 「あ……」 「すまない! 何故か女人が入浴中とは申し訳ない! すぐに出たいが出口がわからない!」 煉獄さんやんけ──。 湯煙の中に煉獄さん──こんばんは。 「あの、その半透明の扉を……」 「むう! 奇怪な扉だ!」 「あああぐいぐいしないでえええこう! くいっと! ぱたんと!」 「なるほど!」 「あの……顔、赤……いような……」 「すまないまた見てしまった! どうやって閉じる! こうか!」 「はぃいいいい」 煉獄さんやんけ──。 「すまない! ここはどこだろうか! 履物を脱がせて貰ったが宜しいだろうか」 さすが大人……! 「あの……っ私の住処で、そしてキメツ町三丁目ですけど……」 「わからない!」 「えーと浅草までとても素早い汽車で三十分くらいでしょうか……最終は出ちゃってますが……」 「俺は煉獄杏寿郎というものだ!」 うん、知ってる。── 「どうやら鬼の血気術でここまで来てしまったというにわかにも信じがたい事態に見舞われてしまった! ふがいない!」 や、やっぱそうなんだ……。 「ふがいない!」 「わーったよ!」 信じがたいよほんとに、なんで風呂の戸挟んでマッパで煉獄さんと喋ってんなんて……。思わずツッこんじゃうなんて。 「あの、湯冷えしてしまうので、もう少し浸かってもいいですか……?」 「もちろんだ!」 「あ、そうだ……左手の方に小部屋がありますが、そこに押入れがあるのがわかりますか……?」 「ああ!」 「万が一、そこから何方かがお迎えにいらっしゃるかもしれないので……」 「なんと!」 ホントにな──。 しかし煉獄さんだよ、どうしよう──嬉しすぎなんだけど……! あああでもさっき、ついいつもの調子で”わーったよ”とかツッコんじゃった──。 米、足りるかな……でも、前回炭治郎くんたちは二十分も居たっけ──。 あの時は義勇らしきイケメンが鬼をやっつけたらしくて、ほっとしたよね、三人とも──無事に帰れてよかった。 「そういや……」 無事に帰ったよね? 義勇が──そうそう、イケメン義勇さんが”戻る”って言ってたし、大丈夫だろけど。 煉獄さんも同じ類の鬼と遭遇して、ここに来ちゃった……ってこと? 「あっ」 それも大事だけど、お風呂浸かってる合間に誰か迎えに来ちゃったら? さっさと上がんないと! 何か、もてなしたいけど、煉獄さんて言ったらやっぱゴハン? 鬼滅奇譚でもめっちゃ食ってたし。── 「うーん……」 炊く時間ないし、そうめんでも茹でる? ポテチ──せんべい、あー今日の特売買っときゃよかった! カプメン! 「あ、あの……お待たせしました──」 「厚かましくも、腰を下ろさせて頂いていた」 「それはぜんぜん……」 うわあ……しゃっきり、背筋伸ばして、膝に手をあてて待ってる姿、さすが──その目、もっと間近で見たい──。 「ここはどこか異空間だろうか」 「た、たぶん……? この間、炭治郎くんとか来ましたよ……」 「それは誰だろうか」 「鬼狩りって……言ってたけど……義勇さんが迎え来て……」 「戻ったら詳しく訊いておこう」 時間軸、どうなってんだろ……。 確か、浅草までの新幹線の話した時に善逸くんが汽車について、知らないなんて田舎モンって炭治郎くんに言ってた。 鬼滅奇譚でもそんな展開あったような……何巻めだったかな。 「すまない、突然に迷い込んでしまった」 「い、いえ……っあの、おなかすきませんか……?」 「ああ、考えあぐねていたら確かに。しかしかたじけない!」 「い、いえ、ポテチでよかったら……」 「なんだろうかこれは」 「芋を揚げたおかしです」 「ふむ──」 「あ、米とか炊き上がる前にお迎えきちゃうかもしれませんし……」 あーすっごい敬語になっちゃう。 「ところで着物を着て欲しいのだが──」 「あっ!」 やば、バスタオルのままだった〜! 恥ずかしいのに、煉獄さんの前だと何か安心できるんだよなー。 それに旅の恥はかきすて……じゃなくて、なんていうんだっけ……。 浮世離れした不思議な体験というなら──なんか、ちょっとくらいいいような。 外国のビーチだったら開放的になってスタイル気にせず大胆な水着着れるみたいな。 行ったことねえけど。持ってねえけど。 「き、着ました……」 「変わった着物だな」 「あ、はい……パジャマ……ええと、寝巻きみたいなもんですが……」 く……っ! 煉獄さんの前でバシッとキメたい! けど風呂上りのピンヅラでシャレこんでもちぐはぐだし、化粧する時間よりももっと、煉獄さんと話したい。── 見てたい。 マジで凄い、天然炎グラデーションな髪とか。 あ、違う、髪色とかじゃない、煉獄さんが──座ってるだけで、なんかまっすぐで、鮮やかなくらい惹き付けられるからだ。 寝巻きで目の前に居てもいいと思えんのは、煉獄さんがいちいち細かいこと気にしなそうな、ゆとりがあって──そう見えるから、安心できるんだ。 今度、おしゃれなパジャマでも買いにいこっかな──。 「ところでこれはこのままかじりつくのだろうか」 煉獄さんはパッケージポテチの袋をひょっと掲げた。 「ち、違います……っこう、両手でもって、袋を開けます」 「むう! 意外としぶとい!」 「が、がんばって……!!」 「うおおおおお」 「きゃぁあああ」 袋がクラッカーみたいにぱぁんて弾けて── 「なんと! 勢いよく飛び出してきたぞ!」 ──うわああああすごい全部キャッチした! 「申し訳ないが、箸はあるのだろうか」 「あ、それは手で食べるものです……」 「なるほど」 ぱり、さく──ちっちゃい、いい音がした。 「なんと……! さくさくと軽い! うまい! いい塩梅だうまい!」 よし……! さすがポテトチップス……! さすがうす塩……! 感謝……ッ!! 「ど、どうぞ、全部いっちゃってください……!」 「礼を申し上げる!」 「いえいえ全然……っ」 煉獄さんが食べてるとこ見れるだけでも幸せ……。 何巻だっけ、鬼滅奇譚の挿絵もカッコよかったもんなあ。 その人が今、目の前に居る。── 「あっ……飲み物を……!」 「かたじけない──。ところでここは異世界の藤の家なのだろうか」 「え……?」 ああ、そういえばあったな、物語の中にも……鬼斬りのやすらぎの家、藤の家。 「どうにも目にした事のない物が並び、そして空気が違う」 「あの……やっぱり異世界だって思いますけど……」 「うーん、信じ難いが信ずる他、なさそうだ──」 煉獄さんはそこそこにある家電とか眺めながら、そう言った。 「何より、君の持つ気配がどこか、違う。しっかりと脈動している”人”であるのに、違う世界の住人の様であるかの様に──」 浮世離れしてるような、不思議な感覚──ってことなのかな。 「あの、ここは藤の家じゃないけど……異世界ってヤツでも、あの……どうぞ戻れるまでゆっくりとしてください……っ鬼は大丈夫でしょうか……」 「大丈夫ではない! が、周囲に一般人も居ないし、仲間が向かっている筈だ」 「あ、これで手を拭くといいかと……飲み物も、どうぞ……」 「ありがたい! よければ名前を教えて頂きたい!」 「名前ですか? あの、船津鈴花です……」 「船津鈴花さんか」 「あっ……鈴花でいいですから……っそう呼んでください……っ」 っそう呼ばれたい! 「鈴花──」 「……っはい」 「やはり厚かましさを感じてしまう。が、こちらの異世界ではそれが通常なのだろうか?」 「そういうワケでは……でも、そう呼ばれたいです……」 「ならば鈴花」 「やったあああああ」 やばっ! 思わず飛び上がっちゃったよ──。 なんか、強くて優しい大人の男──見つめられると、心臓もってかれそうで。 「これはどうやって頂くのだろうか」 「あっ……このプルタブをこう、」 うおお指が触れちゃったあああ! 「こう、ぷしゅっと……」 「む! おおお泡が参ったぞ!」 「あああ煉獄さんが濡れちゃっ……ごめんなさいポテチにはコーラかと思ったんですが……っ」 「む? 甘い! 甘いぞ! そして喉に雷を通したようなこの感触は……!」 「お、おいしいですか……?」 「うまい! うまいぞ! ラムネのようでまた違う。こちらの方が雷度合いが強い!」 ラムネかあ。子供の頃はお祭りで飲んだっけ。煉獄さんとお祭りデートとか……いいなあ。 「なんとも不思議な世界だ──」 いけない! つい妄想しちゃってた〜! 気づいたら煉獄さんはまた、ふわりと私の部屋を見つめてる。 目にしたコトないモンもそりゃいっぱいあるよね。 そして、私もそう、不思議な体験してる。── なのに煉獄さんはしっかり、今、目の前に居る。 目が合うとヤバイ、引き込まれそう── 「彼女はいるんですか……?」 思わず聞いてしまったァア!! 「俺の良い女人のことだろうか?」 「はい……」 「いない!」 「そ、そうなんですね……」 キャッホゥウウウ!! はちきれんばかりの嬉しさ!! 「あの、今までは……?」 「いない──しかしそこまで気にされるとこちらも気にしてしまう」 あ、そんな見つめられたら。 「すみません……興味本位で……」 やっぱ、異世界とか関係なく、浮世離れした魅力にやられるなあ……はあ。 「女人か──縁がない」 「えっ……どうして、ですか……?」 「さあ、どうしてだろうか──」 けれど懐かしむような静かな佇まい──きっと、初恋なんかはあったんだろな。── 「俺達は──ああ、改めて、煉獄杏寿郎と申す者だ。なぜかこちらに迷い込んでしまった呆れた剣士だが、もてなして頂いて礼を申し上げる」 うん──。 見た目とかさ、別にしてさ、いや煉獄さんはかっけーけどさ、でもさ、こんな人──居る? あちらの世界にはいるのかもね、けどさ、居るのこんな剣士、男の人──居るんだって思っちゃった。その精錬さに。 「こちらこそ、ポテチとコーラで申し訳なく……」 かしこまり、そう言っちゃう。 「うまかった!」 ポテチとコーラでこんないい顔、見舞ってくれるヤローいたかよ──マジではあ。 「そして俺達は夜の戦いに生きるのものだから昼も絶え間なく、なかなかに、縁談がない」 ──いつも部屋に帰りゃゴロゴロしてる自分はそんな身を粉にして研磨する心には程遠い、縁遠いなあ……だから眩しい。 「あの、だいじょうぶですよ、どっかてなんか、ばんっていくっていうか」 「ばんといくとは?」 「ええと……暇がなくてもその気があってもなくても……カッケエやつには巡るよ機会が……ええと、顔とかじゃなくて……」 そう、異世界とかカンケーねえ、ツラとかじゃない。 今、実際に戦ってるところ見てなくたってわかる、身を粉にして研磨する心ってヤツ、この人持ってるって何故だかこんなに信じられる──。 「だから……ガッってこう……! 頑張ってるやつのに、こう、なんか機会きそう……ええと、どっかでばしっとね! 出会いとか……」 ばしっと出会いってなんだよ……くそう。 「そうだな、束の間の出会いも無にしてはいけない。──いつどこで火花が散るかわからないのだから」 その目を合わせたら──火花散るって感覚、なんかわかっちゃうくらい、その瞳に吸い込まれそう── すげえな、こんな男の人、どんな女の人がモノにしちゃうんだろ。 「どうした」 「ううん、煉獄さんもてんだろなーって思って!」 「待ったもできんくらいもてない!」 「……っでも、きっとこれから……」 「そうだな、火花散る出会いに期待しておこう。鈴花がそう言ってくれるのならば──」 煉獄さんはコーラの缶を手に、このもてなしに感謝すると言った、けれど目は私を見つめてた。── コーラじゃなく、君の心にってその目が言ってくれてるってアホな私でもわかるくらい。 「絶対もてんよ、煉獄さんカッケーし」 む──。 あなた素敵よ! とか言う感じだったのに、出たのは素の言葉じゃん。 あーあ、ドラマだったらこのまんま── ねえ、押入れの空間が開いてもその向こうに私を連れて行って──って、しなやかな指先を必死に伸ばす、そんな理想。 やっぱキャラじゃなくって、 「絶対、もてもてだって、誰かがきっと気づくよこんないい男いたのかよって絶対気づく、間違いない!」 精一杯、そう言うだけ──。 だって間違いないからね、煉獄さんもてんだろ──うん。 「ここは異世界なのだろう」 煉獄さんはもう一度、確かめるように、大正にはないものだらけな筈なのにどっか懐かしむような、そんな目をして私の部屋をゆるり、眺めた。── 「けれど、触れずとも温度を感じられる、そんな言葉をいただいた」 ──鈴花さんからはどこか安心できるにおいがする。 そんな炭治郎くんの言葉とリンクする。 こんな、私なんかに──。 誰にでも優しくニコニコとかできねーよ、昨日だって仕事でもっと上手く対面上、とか言われたしさ、んな──。 「え、あ……も、っと、もっと、気のきいたかんじの、違う、女らしい言葉で、言いたかった……っあああなんつうか、しっかりと心を向けてくれる人っていいよなって思ったから、言っちまって……っ」 きれいな言葉とか、慣れてないけど、ぶちまけるのって照れるけど、 「ありのままだから胸を打つ」 あなたこそ胸を打ってくれる。── 「私こそ嬉しい言葉、もらった……!」 精一杯言ったら、笑顔が見えた──。 こないだ炭治郎くんのまっすぐさに触れた時もそうだったけど、ガツンとくる──。 つい、こっちも引っ張られて、思うまま言える。 温度を感じられる言葉をいただいた──なんてさ、きざでもなんでもないところが凄いなあ。 「あっ……お迎え?」 押入れが開いた──。 「この気は──」 「煉獄さん、こちらにいらしたのですか」 「ギャー!! しのぶさん!!」 やばっ! つい叫んじゃった! 「あらあなた、私を知ってらっしゃるのですね」 「ヒィイハィイ」 「炭治郎くんからもお聞きしましたが、なるほどここが異空の果てだとは──」 「イヤァアアあんま見ないでえええ蝶屋敷みたいに綺麗じゃない部屋をおおお」 あんまりにも抜け目ないしとやかさに当てられてそう思っちまうよ。── 「ご存知なのですか?」 「あ、はい……」 鬼滅奇譚で見たし……って説明しても、しきれない摩訶不思議。 でも実際あっちに行ったら、いろいろと違ったりして。 私の読んだ鬼滅奇譚て物語とは違って、蝶屋敷はベッドじゃなくて布団だったりとかさ。 しのぶさんは金魚じゃなくて、鯉飼ってるとかさ。 「ああ、もう行かなくては──私の継子が、もう鬼を斬るところかと」 ん? カナヲだったっけ? 「ぽてちとこーらはうまかった!」 「は……っはい! よかった……!」 「うまかった! 馳走になった! うまかった!」 あああ押入れの中に空間、開いてる──しのぶさんが煉獄さんを促してる。 「なにより、温かな心が感じられる言葉をいただいた」 「……っ私こそ、会えてよか……っ」 煉獄さんとしのぶさんはもう、行かなきゃ──。 「ああ……っ炭治郎くんたちにもよろし……っがんばって……っ鬼なんか全部燃やしちゃえ……っ! がんばって……!」 あああこんな言葉しか──けれど確かに、頷いてくれた。 吸い込まれたみたいに二人の横顔は消えて、そこには中味乱雑上等な押入れがあるまんま。 「いっちゃった……はぅあ……しのぶさんきたじゃねえの……あ、煉獄さん、コーラ全部のんでくれてる……」 ぽてちとこーらはどっちも空っぽ。 ──触れずとも温度を感じられる、そんな言葉をいただいた。 そう言ってくれた、男前──。 言えばよかったかな、かっこいいですよってもっとさ、私とかどう思いますかとかさ、ん、それはムリか──。 この間の炭治郎くんに引き続き──あんな心意気な男前に見舞われたらさ、タダでさえカレシいねえのに……。 「もっともっと、できなそうだな」 鬼滅奇譚──3 前へ次へ [戻る] |