「あぐぁああ……」
放心一歩手前、てかなりかけ、てか──。
星海くんは変わりない様子なのに、私には目も合わさない、気になって話し掛けようとしても、そっけない。
どこかにふいっと行っちゃう休み時間。
「あが……」
私はまたそんな声が魂と一緒に出ちゃいそうで、ていうか出てしまって、やるせない。
机に頭乗っけて、どうしたらいいのかわかんない。──
前にも”うるせえ”って言われたことはあった。
けど、それって、”いいから黙って俺だけ見てろ”ってやつだった。もってかれるくらいカッコよかった。
のに、今回のは本当に目も合わせてくれなくって、星海くんは怒ってるのかな、それとも。──
うう、怒るってどうして。
「おい、やる」
「あっ……」
自分の机にほっぺた乗っけて死にそうなアザラシみたいになってた私の目の前に飛びこんできたのは小さいラッピング。
そう、包まれた何か。
「星海くん!?」
慌てて顔上げたら、星海くんは、
「ハンカチだよ」
そう言って、席に着く。
「えっ……私、いらない、のに……わざわざ新しいやつを!?」
「おう」
思いやってくれて嬉しい。
なのに、星海くんがあんまり冷めた風に目を合わせてくれないから、不安になる。──
「星海く……」
「おまえのハンカチ、一応洗ったけど要るか? 要らねえだろ、俺の汗拭いちまったし。捨てとくからよ」
目を合わせてくれない。
私は自信がなくって、男子とも殆ど話したことなくって、星海くんみたいにしっかり見つめてくる人と話したら余計緊張して──。
でも、星海くんが尊敬できるだけじゃなくって、人間味あるとことかもわかって、だんだん会話できるようになってきた。
まっすぐ目を見て、俺を見てろって言える星海くんに憧れた。
なのに今、目を合わせてくれないなんて。──そんなの。
「要らない」
「捨てとく」
「……っこの新しいのも要らない」
「あ? それじゃ悪りィだろが!」
「目も見ないで、そんなどうでもいいような感じなら要らない……!」
言ってしまった、突き返しちゃった、何この意地みたいな気持ち。
憧れ、尊敬、星海隊長って思っちゃうくらいの気持ち。
尊敬を、期待を裏切られたなんて思わない、そんなの勝手に私が思うだけだから──でも、今、ただ、そんな顔して欲しくなくて。──
「……っおまえ」
「なに!? とにかく要らない……っ」
「だ、からおまえ、船津、泣い、」
「てない! 目もあわせないし、意味わかんないし、捨てとくからとか、なに、それ……っ」
「おい、どしたー?」
クラスメイトの声が響いて、はっとして俯いた。
一瞬瞼こすって、なんでもないよっていう笑顔、ひきつってる、かな。──
「こっちの話だから気にしなくていい」
星海くんはそう言って、私をじっと見た。私は逸らした。泣いてなんかないですって言いたげに、可愛げもなく。
すぐに先生が来たりで、休み時間も空気重くって、とても話しかけられない。
どんどん視線が下がっちゃう。──
思わず、キレちゃうなんて失敗した。星海くんの態度が悲しくって──。
捨てとくから、なんて冷たい言い方、なんで。──耐え切れなくて、トイレ駆け込んで鏡見たら酷い顔つき。
星海くんがいきなり怒ったきっかけって──。
──けっこうメインの観客張ってんだろが、この記事の画像じゃ。
──そう、かな……なんか、嬉しいけど……たまたまだよ。
そう、そこからおかしくなっちゃったんだ。
私が何か、やらかしたのかな。──
「あ」
「あ、昨日の」
そう、教室戻る途中だった。
試合後に星海くんを呼びに来た彼だ。──
「SNSの記事、君がちょっと載っちゃってたよね」
「あっ……はい、大声出して張り切っちゃってる姿が……思わずシャッターされてしまい……」
「敬語?」
「あっ、緊張を……改めて」
ちょっとくすっとされたっぽい──!?
「光来くん、まんざらでもない感じだったけど」
「そ、そうなんだ……」
でも、そのこと話してからおかしくなってしまった今日。
私なんか、いくら悲しいからって星海くんに要らない! ってハンカチ突き返しちゃったのに。──
「ん? どうかした?」
「えっ……いや……あの、」
言っちゃいけない、いくら星海くんと仲よさげなチームメイトの人だからって言っちゃいけない、星海くんを怒らせちゃって、私まで無様にキレちゃって、なんて言ったらダメだし──!
「あ、光来くん、何かやらかした?」
「え!? なな、何も……っむしろ私が……」
もう嫌われてしまったんだよ、なんて弱音をこの人の前で吐くなんてご法度──!
「だ、だいじょうぶっ! なんもないっ!」
「そっか。泣いたっぽい?」
「ななんあああないてませんっ!」
な──わ、笑われた──!?
「ゴメンゴメン、もしかして嘘つくの下手なんじゃ? 今、泣いてないって否定すんの凄い顔」
「そっ……そんなヒドイ顔を──!? た、確かに嘘をつくのはとても苦手で、けど……っ」
「酷くないけど、やっぱ泣いたんだ」
な、何故ににこやかに見守るのー!?
「光来くんのこと、好きかって訊いてもいい」
「えええもう訊いてらっさる──!!」
うおお……また笑われてしまった! でも、ごめんね、って謝ってくれるとかいい人だ……!
「こうらいく……っ星海くんのことは、好きって言ったら、言ったら……」
「うん? 言っていいよ? 昨日応援してたみたいな声で」
そう、あのかっこいい人に熱中して、消極的だった私ですら大声出しちゃうくらいに。
「……っ大好きです──!!」
あ、なんか今、突然雨が上がった。──
「だってすごい……! 尊敬っていうか、憧れて……っ凄い! 星海くんは宇宙クラス……!」
やっぱり宇宙に行ける。──
「ありがとう! 星海くんにちゃんと訊かなきゃ……っハンカチ、嬉しいんだよって言わなきゃ……!」
「あ、それって光来くんが昨夜コンビニで買ってたやつ?」
「うるせえ、コンビニで悪いか!」
振り返ったら、そこに宇宙レベルの凄いひと。──
「……っ星海くん! 私……さっきごめんね! 何で怒ったのかわかんないごめんね!」
この凄いひとを悲しい涙の向こうに見るようになるなんて絶対やだ──!
「どうしてSNSの記事の話で怒っちゃったのか知りたい! 教えて!」
「あ? んなもん、おまえが……つうか近……っえだろっ」
「教えて欲しいよ……」
「おまえが……おまえが”たまたまだ”っつったからだろうが!」
──けっこうメインの観客張ってんだろが、この記事の画像じゃ。
──そう、かな……なんか、嬉しいけど……たまたまだよ。
「そ、こ……?」
「ソコじゃなかったらドコだってんだよ!」
「うわああー! ごめんない! でも詳細を……っ知りたい!」
「んで、おまえ、そんなに……っハンカチだって要らねえって……」
「だって目も合わせてくれなかったんだもんあんな状態で”わあーありがとうー”とか言えないよ!」
「……っから……」
こんな大きな声、出してるのほんと、星海くんを応援する時、星海くんに一生懸命な時。──
あ、そうか私、やっぱり星海くんに一生懸命になれる。すごい! そこも新たなとりえ──発見!
「おまえがたまたま応援きて、たまたま応援して、たまたまんな笑顔で、たまたま写って……ったったそれだけだと思っちまうだろが!
俺を普段からたまたま持ち上げてるだけかよ! って思っちまうだろが!」
「えっ……だって、私が応援巻き込んじゃったバスケ部の子も、結局はすごいって言ってたよ!? 星海くんのことを……っ!
だから、私が写っちゃってる画像にギャラリーも熱狂! みたいなアオリつけられてたけど……っあ、あの記事には……っけど、他のみんなだってスゲーしてたよ! いいねSNSのいいね一億回クラスだよ! みんながそうで、その中の私が”たまたま”SNSに写ってただけだよ!!」
はぁっ……ほんと、こんな声出してるのいつぶりだろ。──
でも、こんな私がそうできるくらい、星海くんは凄いひと。──
「みんながみんな星海くんを凄いかっこいい! って思ってるよ! ゲーム見たらわかるよ! 私はその中の一人で、たまたま載せられちゃっただけだよ!」
よし……っ言えた。
凄い人を応援するだけでこのエネルギー消費。んじゃ、凄い人はもっと凄いエネルギー使うよね!
うん、やっぱ星海くんは凄いひと──。
「……っなんか、どうでもよくなっちまうだろが」
星海くんは、そっぽ向いたけど、冷めた表情でもない、照れたっぽい表情でもない。
「……っ俺が一人で拗らせただけみてえだろが! やる!」
「あっ……星海くんがコンビニで買ってくれたハンカチ……!」
「うるせえコンビニとかでけえんだよ声が!」
「ごめんなさいー!」
「まあまあ、船津さんは百均だろーと嬉しいよね?」
「もちろんです!」
「百八円じゃねえ!」
「どんないくらでも星海くんが私にくれたんだったら嬉しい!」
雨、上がったどころか晴れたどころか、もう、青春に太陽とか叫びたい、そんな気分。
「はっ……で、で、も、私、さっきはナマイキにも、要らないとか言っちゃっ……」
「ちなみに捨てたりなんかしねえ」
「あっ……私のハンカチ……?」
──おまえのハンカチ、一応洗ったけど要るか? 要らねえだろ、俺の汗拭いちまったし。捨てとくからよ。
そう言ってた、悲しくなった、その時は。けど、今は──。
「最初っからんなつもりなかったっつうんだよ!」
「そうなんだ! じゃあなんで捨てるなんて!?」
「おまえ……流れでわかれ……ってんだ!」
「うわあーごめんなさい!!」
「うるせええおまえが俺のこと”たまたま”持ち上げるくれえのヤツだと思ってイラついたんだよ!」
「たまたまじゃないー! 絶対違う……っ!」
何度でも叫ぶよ。
「星海くんは凄いひと! すごいよ! かっこいいんだ!」
はあ……っすごいエキサイト。
やっぱり、凄い人とお付き合いするには私も体力をつけねば〜!
「おま……っほんと、マジか……」
「マジです!」
「すげえな、おまえ……」
なんですって──!?
凄い認定された!?
ううん待ってまって、凄いアホとかいう意味じゃ……。
ううん違う。今もちらっと視線逸らした星海くんが照れんだよって言いたげな人間味、見える。
凄いのに機械的じゃない、そんな人間味、大好きだなあ。
「星海くんに引っ張られて、私も大きな声、出せたり……するよ、私ですら……そんな星海くんはやっぱり宇宙で一番だよ」
私、実はこんな凄い人と隣の席になれたんだ。
早く気づきたかったな。──
「あ、そろそろ授業、けっこうギリ」
星海くんのチームの彼がそう言った。
「あっ……行かなきゃ……」
「おう、つうか捨てねえからな」
もう一度念を押した星海くんはなんで、ちょっと口を尖らせてそっぽを向いたんだろう。──
「ハンカチ……っ私、貰ったのも、大事にするね……っ」
「お、う、さっさと行くぞ!」
「はい……っ!」
やっぱり星海くん、ううん、星海隊長についていきたい──!
「光来くん、耳たぶ、ちょっと赤くない?」
「うっ……うるせえ……船津行くぞ!」
「はい……っ!」
早足で追いかけた。
追いついたのは、星海くんがちょっと速度ゆるめて、私に合わせてくれたから。
私がだいじょうぶ、合わせてくれてありがとうって顔したら頷いて、けどちょっと耳たぶ赤い──。
なのに、まっすぐ前見て、俺を遮るもんなんか何もねえって感じで歩いてく。
まっすぐでかっこいい──。
もう少しで教室ってところで一度、立ち止まって私を見つめた。
「使えよ、それ」
新しいハンカチは、星海くんが気遣って買ってくれたもの。──
「ありがとう……っ!」
「ふん」
ふん、て──!?
でもその目の逸らし方、わかってきてしまった。
私が星海くんを大好きだからかな──。
「照れてるとこも大好き」
教室戻ってから、このラッピング開けるの楽しみだな。──
星海くんはどんなの、選んでくれたんだろう。
「おま、え、船津、いい加減に……っ」
「そうだごめんね!? 星海くんの気持ちが嬉しくってつい、ずうずうしくもまんま貰ってしまう流れに……!」
「んな事はいーんだよ! おまえ、大、す、おい……」
はっ! もしかして──!
「ごめんね!? だって星海くん、凄いだけじゃなくって、優しくて! ちょっと……照れたっぽいとことか……なんか、可愛い……ってごめんね!? あのっ、人間味みたいなものを感じて嬉しい!」
星海くんはもう、なんて言ったら、みたいな顔してる。──
私の気持ちの伝え方が足りない〜これは……!
「あのね……っとにかく全部大好きなんだよ! 星海くんのことが!」
はぁ……っ叫ぶ、叫んだ、誰かが見てる。
でも、気にしないで伝えるくらいじゃないと、伝えきれない。──
「私は……っ」
「いい加減にしねえと授業始まるだろが──!!」
「ああっ! はい! ただいまっ!」
「来い!」
あ、手、伸ばされた、掴まれた、引かれた、自然とついていける、行きたい。──
「はあ……っ授業セーフ!」
「……っギリじゃねえか」
「ごめんね私が走るの遅かったから……っ」
「うるせえ、それならそれで担いでやるってんだ」
星海くんはふいっとそっぽを向いた。
授業が開始する寸前、私を睨んだ。またふいっとした。口を尖らせた。
耳が少しだけ、赤かった。