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サイテーな彼女──5
「こっちだぞー! 野郎共カマーン! あっ! 待て待て、ジュース買ってくからよ〜オラオラお前らも欲しいの買え! 先輩としちゃーオゴリっしょ!」
「いいんすか……?」

瀬戸と浅田が遠慮がちにわくっとしたけれど、奥村は許さない。

「俺は要りません」
「んーだと人の好意をコラァ! アッタマかて〜な〜よーくほぐしたらやらかくなんじゃね?」

頭ぐりぐりされて光舟が振りほどくまでの瞬間を瀬戸と浅田が「うわ〜」と言いたげに見ていた。

「……っやめてください」
「お、わり、ヘアスタイル乱れちまうもんな、せっかくキメキメのキメキメなのによ! つうかあたりめは食ったか〜」
「……はい。頂きました」
「いい子だな〜」

──色んな意味であんたに言われたくもない。

光舟の顔色が沢村ばりに感情むき出しであった。
目の前の笑顔は”いい子”して満足なのか、ばんばんと促す。
ジュースを買い、買ってやり、だがしかし光舟は頑なに断り、鈴花は歯軋りしながらも案内した。

「オラオラはよ〜! 私一人きりのホームだぞ!」
「こ、れが闇寮……でも、きれいにしたんですね……」

浅田がきょろっとしていた。
いくらきれいにしたと言っても古い、壁の穴、畳の傷み、さまざま。
まあ掃除はしたので清潔なオンボロとなったか──という具合だった。
そう、ここが──。
無言で入った光舟の顔色は変わりない。
けれど、あちこちを見渡してはいる様子。
気づいた瀬戸がちょっと言った。こそりと。

「つうかさ。野郎共とか、勢いで言っちゃってんのに、案内してやるって言った時はオメーラじゃなくて、オメーだってさ」

その時、光舟に目線合わせていたから──。

「……バカの言うこといちいち真に受けてられない」
「バカってお前……先輩だぞ」

瀬戸はこそりと言いつつ、光舟ははっきりと言った。

「汚いですね」
「ウッセー! これでも上等なくれーそーじしたんだぞ!」
「それは分かりますけど、下着を散乱させておきながら入れないでください」
「ゲッ!! 今日はどのパンツにしよーか迷った結果ぁあ〜!!」

浅田が頬を赤らめ、鈴花は素早く下着類をたんすに押し込んだ。
あんな柄やデザインもあんのかよ、と瀬戸が一人感心していた。

「つうか下着散乱させたまま入れないでとかエロいな」

鈴花がにやりとしてイラつかせる。

「帰ります」
「あ、そうだオヤツとか食うだろ! ちょっと待ってな……」

帰る無視か──?
腰を上げるタイミングを失い歯噛みした光舟の肩を瀬戸がぽんとした。

「お菓子ですか……? いえあの、お構いなく……おなか一杯なので……」
浅田だ。
「そっかー。つーか光舟は飲みモンもマジでいんねーのかよ?」
「要りません」

すっかり光舟って呼んじゃってるのがナチュラルすぎる。
これが天然失礼? いやまた違うか? と瀬戸はついムダなことを思ってしまった。

「あ、私の飲みかけの”がぶのみメロンソーダー”が……」

飲みかけ、しかも随分甘ったるそうな──。

「絶対に要りません」
「んだとコラァ! 飲んで喉かわけ!」

ジュースは頑なに断っても、なんだかんだで光舟も来たんだよな──様子を見に。
瀬戸は笑いながら思う。

「ま、快適そうでよかったっすけど……じゃ光舟、先戻ってっから」
「先に?」
「見たいDVDあんだよ」
「あっ……じゃあ、僕も……あの、船津先輩。くれぐれも戸締りは厳重に……御幸先輩も心配してらしたので……」
「おけおけ! あんがとなー!」
「ジュースゴチでした!」
「僕も……ありがとうございます」
「おうおみやげ! たまごボーロもってけ! 明日のオヤーツスイーツ!」
「スイーツて」

瀬戸がありがたくも笑った。
そして光舟はというと。──
二人して何故先に──あまりに自然な流れで光舟はタイミングを失ったような。
けれど何故、再び腰を下ろしたのか自分でもいまいち掴めないからイラつくような、このぼろっとした空間が妙に落ち着かせるような──きれい好きじゃなかったか、自分は。などなど胸に確かめているうちに瀬戸と浅田は鈴花に見送られていった。
外はすっかり月夜。──

「なんとなく瀬戸くんと一緒に出ちゃったけど……奥村くん、船津先輩と仲良さそうだったからっていうか……仲良いのとはまた違うのかな……」
浅田がぽつりと呟いた。
瀬戸はたまごボーロの小袋を片手ににっと笑う。
「いーんじゃね? いくら先輩だからって光舟にあそこまで絡める女子も珍しいっつうか。未知のセイブツ? に会ったみてーなカンジで光舟自身も実は興味あったりしてなー。あーそこまではねえかな? でも、ああして結局残ってんし。マジで嫌なら最初っから来もしねえよ」

瀬戸はからりと笑う。──
その頃、鈴花は部屋に佇む奥村を怪訝そうに見ていた。

「あのよ、おまえ、私の部屋の隅っこでじとっと佇まないでくんない、湿度上がってんだけどよ?」
「……帰ります」
くそ、おまえと呼ばれる筋合いは云々云っても効果は期待できなさそうなことが悔しいような。──
「んだ、がぶのみメロンジュースいらねえの?」
「飲んでる人、始めて見ました……」
「うめーぞ〜ブルーハワイもあんだよ! お、そだそだせっかくだし、マンガでも借りてくか〜? 沢村も教室じゃちょくちょく漫画だの小説だの読んでんだぜ?」
沢村の名前に光舟がピクリとした。
「要りません。読む暇ないんで──それに俺は男です。どうして少女漫画を薦めるのかわかりません」
あの先輩がもしも居たならちょっと怒ったかもしれない。
「ったくしゃあねえなあ、んじゃ私の秘蔵のティーンズラブを……」

鈴花はごそごそ小さな本棚やらを漁った。

「おっ、これこれー!」

意気揚々と手渡した、そこには。──

絶倫彼氏と契約恋愛──
──処女なのにこんなに濡れちゃっていいですか?

そんなアオリやタイトルが奥村の目に飛び込んで来た。

「どーよ! すげーんだエロエロの濡れ濡れの〜」

奥村がそれを投げ捨てた。

「コラァ! 投げんな! ったく、やっぱ男向けじゃねーとオカズにならね〜か〜」
「……ふざけるな」

呟くように低い声を出した。

「じゃーこれとかな! 寮長と秘密レッスン! な〜にをレッスンすんのかな〜?」

このバカ笑顔が──罪もなく。
奥村が歯を鳴らした、眼光は鋭い。

「こんなの見せて、からかってるんですか。それとも挑発してるんですか」
「ん? どしたー」

エロさ満載の少女漫画を見せつけておきながら笑顔。
奥村は顔をしかめた。

「こんなの、どうしろって?」

ぐっと顔を突き合わせた。
鈴花が一瞬びくりとしても許さない。

「な……んだよ」
「何かって? そっちこそ何ですか? 挑発してるのかって訊いてるんですが」

言葉はクールなのに憤りが見え隠れする。
憤ってるのに低い声は熱を帯びる。
クールなのに掴んだ手首は乱暴なほどに離さない。

「なっ……」

上半身から迫られて、鈴花は掴まれていない方の手首を床に突いた。
仰け反ってしまっても、床に背を付くことは許されずに手首は熱い、抱かれそうなほどの至近距離に戸惑って、目を合わせれば射抜かれる。

「どうして欲しいんだよあんたは。──俺と二人きりだってわかってるんですか。男と二人きりだ。無防備にこんないやらしいものを見せつけて一人で平気な顔か?」
「……っ光舟、あ……っ」

すぐにでも押し倒されてしまいそうで、なのに手首は掴まれて迫られて。

「ちょっと、やらしい漫画ってだけじゃ……っそんなに……っ」
「俺はあんたみたいに単純で粗雑じゃないので、たったそれだけだなんて思いませんね。一緒にするな」
「なっ……そんな、反応するとか……っ」

光舟が手をぱっと離して解放した。

「危機感のない船津先輩が苛苛させるだけです。ちなみに俺が本当にこういうものを好んで読むとでも?」
「……っ興味ない、の……?」
「どうせならもっと目も当てられないものの方がよかったですね」
「は……?」

鈴花が驚いて──いや、ずっと驚き通しの心臓は早鐘撞きっぱなし。

「冗談ですよ」

光舟はちらりといやらしめの少女マンガに目を落とした。
それは光舟の手によって放られていた為、横たわっている。
表紙には──絶倫上司がだの、我侭王子だの、幼馴染とのいけない夏だの。
主人公であろう女子や女が泣きそうなほど翻弄されているのに──頬は赤らめている。
その表紙から、鈴花に視線を今一度移した。

「今の船津先輩の方が余程、俺に翻弄されてますから」

──じゃあ失礼します。くれぐれも戸締りなどはしっかりと。

なんて残して光舟は去ってゆく。

「……っうぁ」

鈴花が何もかもしてやられたように、それはそれは翻弄された様子でティーンズラブ誌の横にくたりと横たわった。


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