夢 サイテーな彼女──4 UFO事件の翌日、クラスメイトが摩訶不思議そうに光舟を見ていた。 「奥村君があたりめ食べてる……」 「好きなのかな……無言で食べてる……」 「体力回復の薬草とかでなくて?」 言われている事等つゆ知らず、奥村はあたりめをかじりながら昨夜の事を思い出す。── 鈴花の父に送られ、鈴花は車中より手を振り帰って行った。 寮にて自転車の鍵を戻したなら何事だったのかと御幸などに事情聴取された。 ──UFO!? なんだそりゃ! 説明するのもバカらしかったが、襲われたのは事実。 大の男達に追いかけられたのだ、もし彼らが何か行動を起こしていればどうなったか。 もう少し早くできるだけマネ同士で──もしくは部長などに送られることもあるが、またはバスなどを利用するなど徹底せねば。 しかし、鈴花が入寮するということで一安心でもある。 そして早速、寮の部屋の掃除や引越しをしようと鈴花は清掃員の格好をして新たな住処を訪れた。 「ヒィイんだこのオンボロ寮はああ〜!!」 ボロい、古い、穴に蜘蛛の巣。 ここをまずは掃除しなければ荷物も運び込めない。 「うわ、マジかよ」 「あっ……御幸キャプテン先輩! イケメンガ……ああ! それは禁止でしたね!」 「うん。ていうかキャプテンとかでいいし──うおっ、ソックス汚れちまいそうだな」 「そっすね……つか畳だし〜」 そう、古い畳もよくよく掃除しなければならない。 「つか御幸キャプテン、どしたんすか?」 「ああ、礼ちゃん忙しいから代わりに様子見て来てくれって言われてさ。俺も忙しいけど、キャプテンとしてまあ、こっちの寮の場所も把握しておこうと思ってさ。案外青心寮に近いんだな」 「そっすね! あっ、梅センも後で他校の偵察終わったら様子見に来てくれる言ってました!」 「ここに一人かー寂しいか?」 「ほあ? まだわかんねーっすよ! 始めてみねーと〜」 さあさあ掃除じゃ〜と、鈴花は腕をまくる。 「あっ! そこ蜘蛛の巣お気をつけて〜なにとぞ〜!!」 「うん、部屋数、五くれぇか? 昔はこのオンボロ寮も活躍してたらしいけど」 「スポ薦Aのバレー部女子とか、卓球部のコとかは立派な寮っすよ! そっちが空いてなかったからって、まさかこんなオンボロに入れられるとは〜!! ま、その分格安みたいですけどね! 親のサイフに優しい〜!!」 御幸はのんびり眺め、指でちょっと壁をなぞれば指の腹が黒くなってドン引きしたり。 「部屋数もあるし何かあったらここに避難できるな」 「へ?」 「いやいや何でもねえよ。掃除頑張れよ」 「あーい!」 御幸のほくそ笑みなど鈴花は露知らず。── 「ギャー!! トイレで謎のムシさんコンニチワー!! ガッコのパンフにゃ載らねー青道の闇がここに〜!!」 一人ばたばたと掃除に励む。 今日はその為に部活の休みをもらったのだ。今日中に何としても引越しせねば──。 夜前には鈴花の父が荷物を搬入してくれてどうにか、入寮を果たしたのだった。 「ふあー掃除しまくりでちかれた……腹減った……ゴハンは他の寮の仕切りだったっけ……」 そう、運動部の女子寮──スポ推薦エリート女子達のそれは立派なもの。近い為、飯だけはそこで頂けることになっていた。 歩んでいく途中、光舟の姿が見えた。── 「んお? おーいこーしゅーもメシ?」 「そうですが」 「んだコラあからさまにテンション低いなコラァ〜」 「気安く名前で呼ばれたくないと言った筈ですけど」 「だってオメーの名前光舟だろ?」 奥村が睨めた。──そういう事じゃない、と。 なのにあまりにぐいぐいこられて、しかもUFO事件では助けにまで駆けつけてしまって──礼を言われ、普段は見せない女性らしい笑顔を垣間見た。 そう、女性らしいと思ってしまって悔しいやら、むず痒いから。 今もあまりにストレートに”光舟だろ?”と言われて反発したいのにバカらしいような、むず痒いような。 「私もメシは他の女子寮んとこで世話んなるけど、後は青道の闇寮に一人きりよ? 御幸キャプテンに寂しくないか訊かれてわかんねって返したけどよ? そっちは皆居るし、やっぱ賑やかなのいーよな〜」 光舟がぴくりと反応した。 「今日部活来なかったのに、キャプテンとは話したんですね」 「おー様子見に来てくれてよ! 面倒見いいよな〜!」 そんな事が──光舟は妙に気に食わない。 「じゃあ食事なので」 「おう頑張って食えよ!」 「さっき船津先輩は賑やかでいいとか言ってましたけど。──俺たちの苦労も知らずに呑気ですね」 「な……? だから頑張って食えっつってんだろ!」 「また上から目線ですか。それとも命令ですか? 今度こそUFOにさらわれればいいんじゃないですか」 「んだとコラァ! カワイイルーキーマネがコスモティックに改造されてもいいっつーんか! ビームだすぞコラァ! 焼くぞコラァ! ハゲ散らかれや!」 「幼稚ですね」 「んーだとォオ!! マジさらわれて宇宙のお姫様になっても銀河美少女伝説のナイトにしてやんねーぞ!」 頭がどうかしてる、この人は──。奥村はそう思い、背を見せた。 その場に残ったのは歯軋り満載の鈴花である。 「くっそ〜〜!! んでアイツ私というカンペキ生物にいちーち攻撃的ナンだ?」 それはおまえがおかしいからである。 「あの、光舟は……」 「拓」 「わーったよ!」 そう、鈴花にフォロー入れようとした瀬戸が奥村の目に制止され、どっちをフォローしていいやら。── 鈴花にぺこりとして、光舟の背を追いかけた。 「くっそー! 何アイツキリキリしてんだ! キリキリ!」 鈴花がスポーツ推薦で寮に居る女子達と共にとてもキレイな寮で食事にありつこうという頃。── 「光舟、何か必要以上にイラついてなかったかよ? 食事のこととか、御幸キャプテンの名前が出たからって……もしかして、御幸さんが船津さんの様子見に行ったのが気に食わなかったのか……?」 「どれでもない」 あーきっと、どれもがアタリだわ。 瀬戸が光舟の顔色を目にそう判断した。 その頃、鈴花はすっかり笑顔で食事のトレーを手にしていた。 「新入りかい」 「っす! あっちのオンボロ寮に居て〜あっ、今日からなんすけど! メシだけはこっちでお世話になりやーす!」 然しそこで食事を作ってくれるおばちゃんが何故かミステリアスな顔をした。── 「ああ、あの寮はね……」 「なな、なんすか!」 「いや、前はあっちも使ってたからそっちでもゴハン炊いてたねえ、なつかしい」 「そっすか、ベテランなんすね〜! どーりでメシめっちゃウマそっすよ!」 「あの寮はね、伝説があってねえ」 「マ、マジすか……!」 「おっと、お味噌汁あたため直さないと」 おばちゃんとの会話はそこで終了。 鈴花はうまい飯を食い、大満足ですばらしい寮からオンボロ寮へ向かう。 これから風呂だ。── 「しっかし伝説てナニよ? もしか、あの寮出身の生徒はみんな将来ビックな億万長者に〜!? ふおお……ドリーミンッ」 普通ならもっとロマンティックな何かを想像するものだけれどこいつにそんな頭はない。 掃除した風呂は大浴場とは言えないけれど、四、五人で入るには十分だ。つまり、一人ではやたらと広く感じる。 部屋数も五つ程度であるし、昔は少数精鋭の為の寮だったのかもしれない。 「ギャー!! 掃除したのに排水溝からムシさんコンバンワー!!」 一人きり。──湯気の中飛び上がったり忙しかったが、後は布団を敷くだけとなった。 「ふう……っつか、自販機て……青心寮に確かあったよな……」 風呂上りの何かを飲もうとぱたぱた出てきたならすっかり星の空。── そこにぬっと、影が現れた。 「ギャー! 死にそうなツラしやがってびっくりしただろが〜!」 「あ、ごはん多くて、大変なんです……」 「ん? 君は……浅田君だよな! 光舟もメシオツ! これから風呂か? 食うの遅すぎんだろ!」 鈴花は笑顔だけれど、奥村はぎり、と歯を鳴らした。 「光舟、風呂そろそろ……その前に先輩んとこ行くか?」 瀬戸がそろそろ、と光舟を迎えに来たのだった。 「お、盛りクンもおつ〜!」 「え、盛り……? あの、森じゃなくて瀬戸っす」 「だってよ〜メッシュでメガネでタレ目でオシャレでイケメンとか盛りすぎじゃね? モテ偏差値たけーって!」 「うお……っざす」 瀬戸は引きつつ若干照れたが、光舟は鈴花を睨む。 「ふざけすぎて腹が立つんですけど」 「何だ! 私は歴然とした事実をだな〜!」 「うあああ落ち着いてください……っ」 「拓をバカにしてる様に聞こえましたけど」 「ん〜でおまえはすぐそーやって〜! 素直になれよ! 自分の心に!」 「なった結果です」 「光舟……っ別にバカにされた気してねえから……」 「盛り君とか何なんですか。ふざけてますね」 「ふざけて喋ってるほーが瀬戸クンにしつれ〜だろが〜!」 「うわああ船津先輩……っ」 浅田と瀬戸が必死に止めた二人の言い合い。 「船津先輩んとこに今から行く予定だったんですよ……っ」 「お、そうなのけ?」 瀬戸と浅田に鈴花がきょとんとした。 「あの、御幸先輩が……他のマネージャーの先輩も帰っちゃったし、今日はこの寮、船津先輩初日だし……何か困ってないか様子見にいってやれって」 「ふお? 私の? 御幸キャプテン自ら夕方来てくれたのにな」 「あの、女子ですし、戸締りとか不安のないように……管理人さんも居ないという事でしたので……」 浅田は言えない。 船津って、女子一人でも窓全開にして寝たりしそーだし、バカっぽいからな! さりげなくアホやらかさないか見てきてくれ、と。── 御幸にそう言われたとはとても言えない。 そしてグルルルしている光舟にはちょっと言いづらい。 なんだかんだで絡みあるみたいだし、あいつら仲良くなりそーだし、奥村も連れてけ。 と言われたとは言いづらい。 そして奥村はしぶしぶだが割りとさっと腰を上げたのだからちょっと目を見張った。 瀬戸は付いて来た体だ。 そして先輩マネは感激している。 「さすが御幸キャプ……お優しい……! どっかのコウシュウヤロウとは大違い……!」 「戻ります」 だがその腕はぐいっと引かれた。── 「なっ……」 「助けに駆けつけてくれた事は忘れちゃいねーから!」 謎のUFO事件か……と、瀬戸が密やかに思う。 「よしよしオメーを寮に案内してやんよ! 野郎共、ついてこい!!」 「あっ……はい」 さあ、瀬戸、浅田、奥村が青道の闇であるオンボロ寮に足を踏み入れることとなった。── 前へ次へ [戻る] |