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サイテーな彼女──2
練習風景は風景な筈だったのに、汗を拭いってあげたい持ちにかられた。
それほどに感心させられた。
小遣いナシだのの制約で入ったマネだけど、悪くないなあと思い始めた、それはほんの触り。

「おいしょー! 力仕事は任しておけ〜!」
「こっちの本も後で見て、日誌も」
「サー! ウメセン!」
「ウメセンて!」
「意外と動くよね」

夏先輩も軽やかに笑う風景。

「えーと、この配球で……」

鈴花が過去の記録を見ながらぶつぶつ呟きながらマネの仕事をこなしていた。
今頃だったら、通常だったら、以前だったら、どこかでカラオケかナンパ待ちか。
それはそれで楽しいけどれど、一発逆ナン、失敗して笑うしかない始末。
たまには引っ掛けられてさんざんないろいろ。
それが悪いなんてちっとも思っていない。
けれどどこでどうあろうと、じゃあ次の遊びってやつより今は次の試合内容が気に掛かる。

「あっノリセン乙す!」
「ノリセンて……おつかれ」
「いやそこは乙っしょー」
「ええ……」

とか言いながら気のいいノリさんはやんわり返してくれる。

「失礼じゃないんですか」

鈴花がピクリとした。

「あーはいはいそ〜ですね〜コラァ〜」 

そしてノリに頭を下げた。

「ごめんなさい……」
「いや、別に……」
「なんていい人……!」

変な感激を受けてノリさんはちょっと引くほどだけれど、やはり人が好いのか対応が柔らかい。

「いや〜優しいです〜! ほっぺつんつんしたいです〜」
「え!? そ、れはちょっと……」
「もしか、予約済みっすか! カワイイ彼女のモノなんすね!」
「いや、居ないけど……」
「困らせるどころか下らない」

ノリさんが「いや、そこまで言わなくても」と人の好さを優しく発揮していたが、鈴花は「なんだコラ」と振り向いた。
つい今しがたも「失礼じゃないんですか」と冷えたツッコミをくれていたヤツを。

「んだオメーさっきからよ? 私とノリセンさんの間に割って入ろーったってそーはいかねえよ?」
「ノリセンさんに進化してる……」

ノリが呟いた。
鈴花は睨みくれるヤツにずかずか近づき、メンチ切りあう始末だ。

「たまたま先輩に下らないことを言っているのが聞こえただけです。失礼な言い方ばかりする貴方が気に食わない事に何か問題でもありますか」
「ハァ……? ノリ先輩に懐いてるだけだっつーの! いちいちうるせーな〜あんまイライラしてっとハゲんぞ!」

がっつり睨みあっている二人をどう止めたら──ノリさんが息を呑んで見守っていた。

「そっちこそあまり喋るとバカさ加減が際立つんじゃないですか」

おい、奥村……とノリさんが制止しようとしたが、鈴花はプチッときた様子だ。

「こんの野郎がああー!!」

通りかかった誰かも驚いて足を止めた。

「バカとかホントのコトはっきり言ってんじゃねー!」

え? そこ? と、ノリさんが驚いていた。

「光舟だっけかテメー!? ハゲ促進してやろーかァ!? ドタマにドギツイスプレーブッかけてやろうかァア〜? 遊戯の髪型にしてやんぞオラァ!」
「どいてくれませんか」
「ケンカ売っといてああ〜? 黙って行かせっか〜! 目の前で反復横跳びしてやるああ!」

通りかかった由井が切なそうな顔をした。というのも、

「見ろやこの光の速度! 私の姿が見えるかコラァ!」

そう、何故か二年の新米マネが奥村の目の前で反復横飛びを繰り広げ、それは凄まじく無様な動きだったのだ。
由井は哀れんではいけない、と己に言い聞かせた。

「凄く遅いですね。邪魔なんですけど」
光舟だ。
「ハァ、ハアすげえ疲れた……」
鈴花がごみクズのようにへばっていた。
「バカすぎる……」
光舟は見下ろすのみだ。
「なんだと! 光舟コラァ!」
「どいてください。それから──あんたに図々しく光舟と呼ばれたくもない」
「それがテメーの名前……っはぁ……っ待てやごらぁ……」
殺人現場のチョークの痕のように死に掛けている鈴花を通り掛かった部長が見つけた。
「なっ……マネージャーが死……」
「部長これは……っ」
「川上、お前……」
由井と川上の説明により部長が涙を流しながら「信じていたぞ」と川上の前で泣いたのは一分後だった。
足元には未だ反復横飛びのダメージを追った鈴花がくたっていた。



テメーは何してんだと梅ちゃん先輩に怒られ、土下座した鈴花がマネ仕事に再び勤しんでいたその日、
外はもう暗い。──
「みんなアチーっすね! イケメン揃いだしな〜」
「ビデオ整理しとけっつの!」
「もう終わったっすよ〜ナベセンがいくつか焼いてくれ言ってたんでそっちもかんりょ〜す!」
まあ、やるこたやってるか──と、先輩マネも頷いた。
「うお、まだやるんすね! イケメンだらけ!」
「毎日見てるとあんまりそこんとこ意識しなくなっちゃうけどね」
「なっさんそうなんすか?」
「イケメンとか、そういう目で見ないっていうのもあるし……ちょっと、籠一人で持てる?」
「まーしといてください! 反復横飛じゃ光舟ヤローに負けましたけどね! 基本パワータイプすから!」
鈴花はバカ笑い一つ飛ばして跳ねるように動く。
梅先輩が「謎の反復横飛びかよ」と呆れながらもやれやれと見守り、日誌を見ていた。
「イケメンねえ。まあ卒業した先輩達はそりゃ格好良かったけどね」
「そうなんすね!」
「食いつくな! つかそんなに全員イケメンかよ!」
「えーだってそうじゃないっすか?」
通り掛かった一年がそんな会話を耳に挟み、ぴくりと反応した。
「ナンパとかしてくるチャラい茶髪も大好きでしたけどね〜! 今は泥臭く汗流してる野郎共の方がなんか格好良く見えるんすよね〜!!」
通り掛かった一年の中に居た光舟がちらり、見据えていた。
「ま、光舟はアレですけどね! アレ! いちいちうるせー細かい将来ハゲ要因があ〜!!」
夏川と梅本が目を丸くした。
鈴花が熱り立つその後ろに居るのだ、奥村が。
冷たく見ているではないか。
「船津、あんた……」
「あーヤなこと思いだしちゃってテンション下がっちゃいましたよ! 氷持ってきまーギャァアアアアア真後ろに未来のハゲ要員──!!」
春乃がくらりとした。──
例えウマが合わず「あいつ!」と言っちゃったとしても、ハゲ要員とまで言ってしまって、終いには本人が真後ろに。
鈴花がまたムチャな反復横飛びをしなければいいけれど──と、由井少年も案じていた。
「ハゲ……?」
今回の経緯は実はまだ知らない瀬戸がぎょっとしていた。
ボックスをいくつも担いで行こうという鈴花の顔がえらくひくついた。
「おう……また会ったなコラァ……?」
「部員同士なので顔くらい合わせます。それから──俺は尊敬できない人に気安く下の名前で呼ばれたくないと言いましたが。もう忘れましたか」
これがメンチを切りあう、というやつか──。結城弟は斜め上方向に感心していた。
鈴花はビキビキこめかみを鳴らしている。
「けれど、尊敬できない訳ではないです」
「は……?」
晴れた、いやもう暗いけど、雷鳴轟く程に驚かされた。
「けれど、まだ気安くは呼ばれたくないですね」
瀬戸がちょっと笑っていた。
──今は泥臭く汗流してる野郎共の方がなんか格好良く見えるんすよね。
そんな言葉が聞こえて、足を止めた光舟の視線はこの新米マネ先輩に一瞬、釘付けになったから。
「んーだと! ハゲないと確約してやろう!」
「随分上から目線ですね。遊戯の髪型にしてやるんでしたか」
「しねーっつうの! つか尊敬な〜うんうん、光舟もついに私の魅力に気づいたな! うん!」

まだ気安く呼び捨てにされたくない。
けれど、尊敬できない訳じゃない。
光舟の心情は少しはこのバカマネを認めたらしいのに、この言い様。──
ゲラゲラ笑うバカさ加減。
光舟は気安く云々と言うのも最早バカらしい。

「魅力……?」
「んーだその雷に撃たれたかのツラはァ〜!!」

鈴花は直後に梅さん先輩の小突きを食らい、すごすごと仕事に戻ったのだった。



「おーい早めに帰りなよー」
「あいっす! もちょっとビデオ見てから! 薬師のサナーダさんイケメンなんで!」
「ソコかよ!」

突っ込みつつ、梅先輩も息をついた。
ナベの隣でノートを覗き込みつつ、あれやこれやと勉強している新人の姿に。
マネージャーたちも帰って行く中、食堂では奥村が食事に難儀していた。
やがて食い終わっても、まだ鈴花は対戦高の研究というテーマに取り組んでいる模様だ。

「まだ見る?」
「あっ、いいっすか!」
「いいけど、帰り随分遅くなるね。大丈夫かな」
「へーきっすよ! 野球部入る前はもっと帰り遅かったっすよ!」
「何かやってたのかよ? バイトとか」

奥村が一瞬噛み付きそうな顔をしたのは、御幸が訪れたからだった。

「イケメンガネ主将乙す!」
「それやめていいから」
「ナベセンもかっこいーんでモテそーっすね!」
「いや、そんな訳でも……」
「マジでか……! 世の中間違っとる……!」

渡辺も遠慮がちに苦笑するしかない。
奥村はメガネとバカマネ先輩を睨みたいのに、目の前にはてんこ盛り飯という敵が居る。
まずはこいつを討伐せねば。──

「はは、元気いいなあ……沢村先輩を思い出すね……」
「あの人よりよっぽど……バカだなんて言いたくもないのに」

浅田が首を傾げた。
このやり取りは未だ御幸ナベ鈴花には届いていない。

「沢村先輩を認めてるから……?」
「船津先輩のことも認め始めてるのに、バカだと言いたくない。つい言わせそうになるあの人がおかしい」

ギリ、と噛んだ唇には飯をかっくらわねばならない今。

汗臭いやろうどもの方が今は──船津先輩はそう言っていた。
ある意味当然で、たったそれだけとも言えるのに、認めるまでに至る。
それは少しなんだろうけど、そういう極端さや熱さが光舟のよいところであるから瀬戸も見守ってしまう。



光舟がやっと食い終わった頃、鈴花はそろそろやべーと言って、帰るところだ。

「ハァ〜皆は寮なんすよね〜」
「けっこう遅くなっちまったけど大丈夫か? 帰り。夏川達もとっくに帰ったろ」
「だいじょぶっすよ!」
「何かあったら他のマネにでもいいしすぐ電話しろよ。おい奥村も教えてやれ、まだだったろ」
食器を洗っていた奥村がぴくりとして振り向いた。
「……何で……俺が」
「テメーあからさまにイヤそ〜にしやがって!」
鈴花は口を尖らせ、帰るところだ。
御幸は笑っている。
「どうせ部活の連絡事項とかあるし皆知ってるし。はっはっは」
まあそれはそうだけど──。
奥村がしぶしぶスマホを出して、鈴花と番号などを交換した。
「おーすおす、んじゃなーお疲れした〜!」
「おー」
鈴花は元気に帰ってゆく。
隣でにやついた御幸が光舟の睨みにくすりと笑い、風呂へと向かった。


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