次の休み時間、とにかくなんか上がってくる熱っぽいのをどうにかしたくて、ばっと教室の外に出た。
倉持くんが、いつもみたいに御幸君の席のとこに──私の席のとこに来たのかは知らない。
あんな苦手だったのに──だから? こんな、意識が過剰な気がすんの。
実はいいヤツってギャップにやられてんの? それだけじゃないから困る。──
「ああーもう……」
なんか、移動教室から走って帰る時、手を引いてくれたこととか、練習試合、かっこよかったこととか、浮かぶ──。
「どうしたの」
「……っあっ……」
この人は──。
「ごめん、考え事でもしてたかな。なんか、思いつめたみたいな顔、してたから」
気遣ってくれたこの人は野球部の──。
「あっ、だいじょぶ……っありがと……っ」
「それはいいけど」
「あの……っこのこと、倉持くんには……言わ」
ああー! どうしよう! 言わないでってことは、倉持くんのことで悶々て解られるかもー!!
「あ、だから……あの、気遣ってくれてありがと……」
「うん、了解、倉持には言わない」
なんか、感じ取ってくれたような笑顔にほっとした。──少し、落ち着いた。
「おっと」
「あっ……」
足元にころっと転がったペン。
確かナベくんだったよね──彼が落としたそれが私の足元に来て、拾った。
「はい」
「ありがとう」
「ううん、私もそういえば二回も倉持くんに拾ってもらったなあって……」
「そうなんだ」
二回目の移動教室の時は──。
押し倒されたみたいになった体勢が──あの至近距離、思いだしちゃうし。
「さっき思いつめたみたいな顔してたのって倉持が原因なんだよね」
「……っ倉持くんが、悪いとかじゃ、なくて……私が勝手に……っあっ、言わないで……っ」
「うん、言わない」
いい人だな──ナベくん、か。
「けど、勝手に、って、どうしたの?」
「あ、いや、ただ……意識しちゃって……私あの、倉持くんのことぶっちゃけ苦手だったのに、今は……」
なんか言っちゃってる。このナベくんて彼の話し聞いてくれる感が落ち着かせる。
「あ、でもこれ以上は……本人もいないところで言うのは……」
「そうだね、俺もそう思うよ。できたら、何か聞き出してあげたいって思ったのもおせっかいだったかもね」
「えっ……おせっかい、なんて思わないし……っ気、遣ってくれたし……っ」
「倉持は?」
「思わねぇよ、ったくナベちゃん」
私が振り返る瞬間、ナベ君はじゃあねって、笑顔で行ってしまって──。
「俺のいねーとこでなんだって?」
「倉持く……」
そう、いつの間にか背中に居た倉持くん。
今、口ぶりはそんなでも、顔は優しげで。
「あ……びっくりして、腰、抜けるかと思った……足、がくってるかも……」
「大丈夫かよ? 声掛けようと思って追いかけたらナベちゃんと話してやがるし」
「うん……気遣って、もらって……」
廊下で壁にやっと、背を預けた。──
倉持くんも隣にそうして。
たったこれだけで、二人の空間完成したみたいで、なんでだろう、逸るっていうか。──
「ナベちゃんのヤツ……わざとぺン落としやがってよ、気遣いすぎつうか」
「えっ……あれ、わざとだったの!?」
「ナベちゃんの性格なら、自分で落としといて女子に黙って拾わせねえし」
「なら、なんで……」
「船津が拾ってる間に俺に合図したっつうか……まだ、声掛けとくなってカンジで」
「そうだったんだ!?」
気づかなかった……!
「すぐ声掛けなくて悪かったな」
「ううん……」
倉持くんがちょっと気さくに言ってくれてほっとした、この瞬間。──
「それに俺もお前が何て言うか聞きてえって思ったのもあっけど……ナベちゃんに聞き出して貰うのはやっぱねえだろって思ってよ」
「そっか……それであの時、ナベくん、ああいう風に言ったんだ……」
倉持くんが私を窺った。
「すぐ声掛けろやって言わねぇのな」
「そりゃそう思うけど……っとにかく、びっくりして……それに、私が何て言うのか気に、なったんだ……」
「そりゃな、最近の流れだったらそーだろ。さっきも、お前の様子がなんか変だと思って追いかけたんだっつの」
「そっか……ばればれで……」
ちゃんと見てる、倉持くん。──
ヒャハハ知らねーよバーカとか言っちゃうし、だから細やかな気遣いなんてない、そんな声でかいだけのヤツだと勝手に思ってた前までが恥ずかしい。──
「な、なんか教室居ると、つい倉持くんを意識してしまうので……頭冷やそうと思って廊下出たっていうか……」
頭冷やすって何か違うかな、なんか熱っぽい心を落ち着けたかっただけ。なのに全然冷めない。
倉持くんは小さく息をついて、私をじっと見た。
「言いてーことあんなら言えよ」
「……っ倉持くんが、言ったこと、気になって」
「お前が他のヤローと話してムカついたとか、今度はガチで押し倒してやろーかとかってヤツか?」
「……っん」
「そのまんまじゃねえか」
自然とお前って言われてちょっとどきっとする。
そのままって言われて、どくんとした。
「だから……っ意識しちゃうじゃん……」
なにこの泣きたいくらい嬉しい気持ち。
まさか、私。ほんとに──
「んでだよ」
「……っ倉持くんの事が気になってるからだよ」
言ってしまった盛大に。
廊下を歩く誰かが見てる、気になんない。
なんかこの手探り状態をかきわけて脱け出したい。
なんで気持ち、破裂しそうになってんの。──
「倉持くんが……っああ、もう……っ他のやつと話したらムカつくとか何それ、やきもち妬かれてる? とか思っちゃうじゃん……っ」
「だから、そのまんまだっつってんだろ」
どうしよう、私今絶対顔真っ赤。──
やべ、教室戻んねえと──。
倉持くんに促されて二人で急いで戻った。
どんどん急接近してる気がする。
嫌じゃないなんてどうしたらいいの。
見上げたら倉持くんが「どうしたよ?」って言いたそうに視線合わせた。
「嫌じゃないって思ってる、から……っ」
言ってしまった。
そういえば中学の時、好きな人に勇気振り絞って告白したことがあった。結局ふられちゃったけど。──
その時よりずっとずっと心臓、うるさい。
「授業じゃなかったらこのまま、こないだのトコに連れてくけどよ」
「……っこないだの、って」
「移動教室あったじゃねぇか」
「……っん」
「おっぱじめやがった奴らみてえによ」
「あっ……あの、二人……御幸くんかっこいいとかで嫉妬して、もめてた……」
あ、あの二人みたいに!?
ちゃんと見えなかったけど、キスとか、してたみたいで──。
倉持くんも、そうするつもりとか!? そこまでしない!?
うああぐるぐる回りそうなくらい、心臓うるさい。──
歩きながら倉持くんはにっと笑った。
「嫌なら今のうちに言っといた方がいいぜ?」
「嫌じゃない……っ」
言ってしまった。何回言えばいい? もっと言いたい。
もう、目が潤みそうなこの感じ、足取りがふわる。──
「ほらよ」
倉持くんがすんなり手、引いてくれた。
「手え繋ぐとかガラじゃねえ」
そう言いながら、私の指にきゅっと絡めた。
その耳先がほんのり赤くて、目を見張った。──
感情をぎゅって鷲づかみにされて、とくんとくん、高鳴って、思わず手をぎゅって握り返した。