「倉持く……っ待っ」
倉持くんが振り返った。
なんでそんな目で見るの──ううん、そんな目をさせてしまった。
さっきみたいなやるせない顔をさせてしまったことも、どこか悔しくて──昨日の練習試合だって、あんなにかっこよかったのに。
「あ……友達に誘われたのはほんとで……倉持くんの隣の席の……」
「あーいつもつるんでる女子な。──で?」
言葉はそんななのに、やるせないかんじなんて──。
あ、そういえば舌打ちしてた時も、ちょっとこんな顔してた、かも──。
「だから……倉持くんを見に行ったわけでなくて……ただ、さっき、御幸君にからかわれるみたいに言われたから、リアクション大きくなっちゃって……別にオメーなんか見たくもねえよとか、そういうんじゃないから……!」
なんで必死になってんだろう、私。──
「なんか、言い訳ウザイよね、ごめん……」
なんで必死に──。
「いつもよ」
「えっ」
「言いてーことあんなら言えよ」
あんな苦手だったのに、怖かったのに、避けてたのに。
「って、言いてーけどツラに出ててまるわかりだしよ──嫌われてんのくれーわかんだよ」
なんで胸が痛むの──。
「だ、って……怖くて、怖がらなきゃいけないことがうっとーしくて……」
なんで泣きそうになってんの。
今、気持ちを言葉にしたら、自分のイヤなとこが浮き彫りになっちゃう──。
そうか、そういう態度だったんだ、倉持くんを傷つけてたかもしれないんだ。何もされてなかったのに。──
「ご、ごめ……ん……でも……っ」
「おまえなに女子を泣かせとるんや!!」
「げっゾノ!」
な、なにこの関西男子は──!?
あっ、確か、昨日の練習試合にも出てた彼──。
「どうしたの?」
「うおっナベちゃん!」
うわああもう一人現れた──!
「何しとるんや! ただでさえ目つきも口も悪いんやさかい、やさしゅうしたらんかい!!」
えっ……野球部の仲間同士でもそういう認識……?
でも、昨日の試合見てたら、仲間同士での信頼関係はあるってわかる──だからこそ、こうしてずけずけ言えるのかな。
「うっせー! 何もしてねえよ!!」
「どうしたの?」
ナベちゃんって彼にそう訊かれた。
「あ……私が悪かっ……ごめん……っ」
「謝んな、わかったからよ」
ぶっきらぼうに見えて、優しさがあるんだ。──知らなかった。
でも、今のまんまじゃ倉持くんのこと、嫌ってるって思われてるまんま。──
すげ、あんなファインプレーできるんだ。って思った。
真剣なんだな、輩とか思って申し訳なかったな、かっこよかったな──。
って、思ったのに。──
「あ、あの、実際観に行って……見て、みて、あの、さ、結局倉持くんばっか見てたよ……私は……っ
怖がってたの、バカらしいなって……真剣なんだなって……かっこいいって……お、思った……っ」
「そういうことなんかい!」
「あ、の……っ」
「あー結局授業始まんだろ、戻んぞ」
「う、ん……っ」
──後で詳しゅう教えろや!
──詳しくね。
──ナベちゃんまでなに言ってやがる!
そんなやり取りの後、倉持くんは私を引き連れるみたいに、一歩前を歩んでく。──
ちらっと振り返った。
「倉持くん……?」
「嫌われてるとしか思えなかったからよ」
それだけ言って、また歩み始めた。
私はなんでだろ、言い訳したいだけ? まだ教室に戻りたくない。
「あの、苦手、だったんだ……見た目とか口調とかで……今は、もう大丈夫かな……ちょっとだけ」
「おう」
たったそれだけ──。
けど、倉持くんがもう、さっきみたいなやるせない顔してなくって、少しだけ安心してしまった。──
教室に行く途中、朝八時半の廊下だった。
あっ……御幸君と倉持くんが前の方歩いてる。
あれ、ゾノ君だっけ? も居る──ナベっちゃんて呼ばれてた彼も。
朝練終わってきたのかな?
「あの女子、好きなんか?」
「ちげー!」
「おまえのことばっかり見てた言うてたやろがあの女子!」
「うん、言ってたね」
「ナベちゃんコラァ! 昨夜ちらっとした話まだ引っ張ってんのか!」
「今日かてこれからクラスで顔合わせるやろが!」
「だーから何もねえよ!」
「純さんにとっちめられとったやないかい!」
「おまえが言うからだろが!」
この廊下で、もうすぐ教室で。
すぐ目の前でそんな会話が繰り広げられちゃってる。
もしかして──まさか、わ、たしのこと……?
──あ、あの、実際観に行って……見て、みて、あの、さ、結局倉持くんばっか見てたよ……私は……っ!
──怖がってたの、バカらしいなって……真剣なんだなって……かっこいいって……お、思った……っ。
昨日、確かにそう言ったのは私で、ゾノ君とナベ君て二人もその場に居て。──
も、もしかして話題にされちゃってた!?
私のこと、で、いいのかな……それとも他の子?
「あ……っ」
倉持くんがふとこっちに気づいたのは、クラスの違うナベ君て彼に「じゃあ」って言って視線の向きを変えたからで──。
私に気づいた瞬間、「げ」って顔をしたような!?
「あ……っおはよう」
「……っはよ」
あ、挨拶には返してくれた……!
「噂しよったらきおったでこのタイミング……!」
「ゾノうるせえよ!」
「もう泣かしたらあかんで!」
「するか!」
やっぱり私のことだったんだ──。
ゾノ君て彼も、「じゃあの」って、教室入ってく。──
御幸君はなんか、笑ってるような。──
どうしよう、この空気──。
「あの、さ……何もないよって援護射撃したほうがいいかなって思ったのに、タイミングが……」
「気にすんな。ちっ……あいつがうるせーから……」
倉持くんは嫌そう。
誤解されんの嫌だよね、当然だよね──私の今までの態度だったら。
「あの、倉持く……」
「なんだよ」
びくっとしてしまった。
「え、だから……なんか、誤解されてるっぽい、よね……」
「気にすんな、実際何もねーんだからよ」
昨日、かっこよかったよって言った後、少しだけ温度がやわらかくなった気がした。
けど、また元通りっていうか、ぶっきらぼうな口調が冷えてる気がして。
「やっぱ嫌だよね、誤解されたら……」
「嫌なのはそっちだろ」
「え……?」
もう教室についちゃうなんて。──
倉持くんは自分の席にずかずか歩んで行っちゃう。
「……っはあ……」
少しは怖くないって思えたけど、誤解されるまでいくとやっぱり倉持くんも迷惑だよね、不機嫌だったし。
でも、嫌なのはそっちだろってどういう意味? そのまんま?
私の今までの態度だったら、きっと。──
なんでこんなに気が重いんだろ。