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恋の星──瀬見
マスターが一人、夕方のバイトは学校帰りの私だけ。
「お疲れ様です」
「鈴花ちゃんおつ〜」
今、帰ったのは平日お昼にバイト来てるおねえさん。
これから息子さんを保育園までお迎えかな、いつも通り。
「おっ、今日もいいケツ」
「ヤマダさーん! もう!」
そう、いつも通り、常連客っていうかこの人だけはセクハラオヤジ。
触ったりしないからいいけどさ──もう。
こんながさつなオッサンがあんな繊細なお菓子作り出すなんて……そう、ケーキとか。お菓子やさんなヤマダさん。
「うわ……っ葉っぱすごっ……」
窓の外、風に乗ってる木の葉が見えた。
「マスター掃いてきますね」
「ああ、今はお客さんも少ないしいいかな、お願い」
「はい!」
ドア潜る最中に、ヤマダさんの「俺しか客がいねええ」とかいうバカ笑いが聞えてきた。
マスターが「いやあ、いつもどうも」と言ってる言葉も。
「……ふう」
お店の前に集結しちゃってるくらいな葉っぱ、掃いたけど、まだ春先だしまたすぐ春風吹き荒れそう。──
「……っ?」
あ、なんか走ってくる──ドコ高だろ、部活中だよねきっと。
外走ってるってことはサッカー部? どうだろ、グランド走るんだっけ?
でも、とにかく、熱心に走りこんでる人たちが見えた。──
もうすぐ、私の目の前通り過ぎる。
「へえ……熱心だな、何キロ走るんだろ……」
あ、やばい仕事仕事。せっかくバイトで雇ってもらってるんだし。
「うあ……っ突風……っ」
「うお!? んだこの木の葉旋風!」
声が重なった。
ぶつかりそうになった。会ってしまった。──


とにかく箒放りそうになってごめんなさいって謝って、けれど彼は「こっちこそ急によろけたからよ」って謝ってくれた。
いい人──いいやつ。
スポーツマンてかんじ? 爽やかっていうか。
イケメンなのに、ちょっとわたっとしたところが人間味あるっていうか。
「あの……部活中なんですよね。がんばってください」
私がそう言ったら、ちょっとびっくりして、ちょっと「おお」みたいな顔して、
「ッス!」
ぺこっとして再びランニングしてくとか。──
なんか、いい人っぽいな。
「なになにえいたくーん?」
すぐ傍走ってた背の高い、ちょっと個性的っぽい? 男子がからかうみたいに言ってる。
えいたくん、って呼ばれた彼は、また私にちょっと照れたみたいに目配せして、
「いいから行くぞ! じゃあ……っ」
律儀に私に「じゃあ」って言って、でも駆け抜けてく。
ちょっとの間、その背中、見送っちゃってた。

「掃いてきました──って言っても、またすぐ風で舞いこんできそうですけど……」
マスターは玄関先が埋もれなければいいよと笑った。
「そういえば窓の向こうに見えたけど、白鳥沢の男子バレー部かな、きっと」
「えっ……さっきの……走っていった男子達ですか?」
「紫と白のジャージの……そうそう。強豪だね」
「そうなんですか……」
どうりであんなに部員もたくさん居るみたいで。──
「部活には縁がないので私には遠い世界っていうか……」
でも、間近で見たらすごい熱気っていうか、走ってるだけでも充分。
「船津ちゃん水出し見てきて」
「あっ……はい」
さあ、バイトバイト──私もがんばろう。


ここ最近の風で随分散らされた新緑が昨日の雨で、アスファルトに撫で付けられて、風に流れてゆけない。──
お店の入り口も、駐車スペースもどろっとしちゃって、水を撒いてた。
「……っ?」
ふと通り過ぎていった風は速すぎて、咄嗟に振り返ったらもう背中。
「うわ、はや……」
でもその紫と白のジャージ。
「あっ……白鳥沢……」
ランニング中かな、そういえばこの間のあの彼は──私と接触しそうになったあの彼も、走ってるんだろうけど、もう先に行っちゃったのかな。
「あっ……」
居た、走ってくる、もう少しで私の目の前通り過ぎる。──
「若利君はや……っ! アメん中走らされなくてまだよかったケド……!」
そう言ってるのはこないだ見た、”えいたくん”って呼んでた、ちょっと個性的っぽい彼。
”えいたくん”は──隣、走ってる。
あ、私に気づいた。──
向こうは部活中の走りこみ。
私はバイト中のお店の前の掃き掃除。
「お、エイタくんの〜」
な、なにそれ、個性的な彼、なな、何を私を指差して〜?
「天童おま……っなんだよ!」
天童君っていうのか。──
「だって挨拶してたじゃーんこないだ!」
「あれはな〜たまたまぶつかりそーに……っ」
あ──
”えいたくん”が、余所見した。
雨上がりの水溜り、踏んでしまった。──足から、突っ込むみたいに。
「あっ……」
二人とも、立ち止まった。
「うぉあぁああスンマセン──!!」
そう、足を止めて私に頭を下げた”えいたくん”──
私の足元にはびしゃり、辿り着いちゃった水溜りの泥水さん。──


「スンマセン! スンマセン……ッ! 俺が余所見して……っ」
「あちゃー俺もゴメンおねーさん! 英太君動揺させちったかも!」
天童君──でいいんだよね、天童君も謝ってくれて、私はもう、申し訳ないくらいで。
「あの……っいえいえ大丈夫です。ストッキングの予備もありますから」
「……っすんません!」
これってスポーツマンシップ的な礼儀正しさ……?
違うよね、きっと、やっぱり人がいいんだ、この”えいたくん”は。
赤くなったり青くなったり忙しいっていうか──真摯っていうのかな、謝ってくれて。
「気にしなくていいですよ。あっ! それより……っスニーカー白いから早く落とさないと!」
私は黒い皮シューズだし磨けばいいけど、ストッキングも替えればいいけど、水溜り踏んじゃったスニーカー、泥まみれになってるし……!
「ちょっと待ってて……っほんとは水洗いした方がいいんだろうけど、走ってる最中だし、このくらいでどうにか……っ」
「えっ、アッ!? おいっ! あのぁ!?」
使い捨てのウエットシート持って来て、拭いて……っ!
「ちょ、そこまで……っ」
「いえ、応急処置しないと汚れが染み込んじゃいますし……っ! ソックスは死んじゃったかもしれませんけど
、お湯でハイターするといいですよ」
「ななにからなにまで……っすんません!」
どうしよう、そんな頭を下げられてしまって──もしか、やり過ぎた?
でも、あんなに毎日走りこんで、シューズも大事にしないとすぐダメになっちゃうだろうし……。
「おねーサン、親切スゴイ!」
天童君って彼にららんとした目で見られてしまった。
なんかそんな、照れるかも。
「そんな……っそれより、早く戻らないといけないんじゃ……っ」
「グァアやっば鍛治クンに怒られちゃう! ウァアアけんじろーも追いついてきたっ!」
「今度礼しますからちゃんと!」
えいたくんって彼は──やっぱり真摯に、けれどどっか人がよさげに、そう言った。
「いえいえ、そのジャージの色、バレー部だって聞きました……。白鳥沢強豪のバレー部なんですよね。なかなか時間もないでしょうし──お気になさらず」
それでもまだ謝り足りないくらいな”えいたくん”に笑顔で手を振った。──
走るなあほんと、がんばれ。


あっ、早くストッキング替えないと……っ!
「船津ちゃんどうした」
「すみません、水浴びちゃいました……」
「はは、はしゃぎすぎた? まだ女子高生だもんな」
「マスター! いえっ……すみません、不注意で……」
マスターはにこやかに替えてこい〜って促してくれたけど、まだ女子高生って言われてしまった。──
バイト中だろうと関係ない、仕事中。
がんばらないと……!


友達にはまた今日もバイトかよ〜とか言われつつ、友達もおすし屋さんでバイトなもんだから、お互い様な毎日。──
「ホットサンド、お願いします」
「はい、ヤサイ、卵、ハンバーグがございます」
「鈴花ちゃぁ〜ん。コーヒーくれよ」
「はいっ……ヤマダさん、お待たせしました……っ」
「お、今日もケツ育ってるか〜?」
こんのセクハラオヤジが〜!!
ったく、毎日のよーに入り浸ってるとか、作るだけ作って、販売は奥様にお任せっきりか〜!
でも、ドリンクバーもないこの喫茶店──ゆっくりしてくださるお客様が多い。
「船津ちゃん、外の灯つけて」
「はいマスター!」
ふう、暗くなってきて、私もそろそろバイトは上がりだ。──
「ん……? あれって……」
お店の前、駐車場の脇に道路、そこで水溜りプチ事件があったあの日。
それから何日かして、道路の向こうっかわの通りに見えた。──えいたくん、て人。
あれ? こないだはハーパン? で走ってたけど、今は袖も脚もロングのジャージだ。
紫に白、やっぱ似合うなあ。
背もやっぱり大きめっていうか、すらっとしてる。
そこにたたっと駆け寄った小さな足音があった。
「英太!」
そう、軽快に、可憐な──そんな足音。
「おう」
声はちゃんと聞えないけど、快くそんな返ししてんの、見てとれる。
「そっかあ……」
思わず零しちゃった。
「あーあ」
やっぱ彼女いたんだな。
かわいいな、シラトリの制服もほんと、かわいい。
なるほど、部活が終わって、彼女は町で買い物でもして待ってて……ってかんじか。


「船津ちゃんお疲れ、そろそろ暗いしお客様も途切れたし、送ってくよ」
バイト上がりにマスターがそう言ってくれた。
「いえっ……! 今日は寄って帰るとこがあるんで大丈夫ですよ!」
「ええ〜? いやいや、遅くなるなよー? かわいい女子高校生だしね」
「はは、かわいくないですよ!」
とか言いながら笑顔でお疲れ様、いつもの調子。──
かわいくないですよ、ほんと──マスターは店員として可愛がってくれるけども。
ありがたい。──
「ふあ……」
でも、今日はなんとなく一人で浸って帰りたかったっていうか……なんか、ちょいへこみ……って、何がどうってわけじゃないけどなんとなーく……。
「なかよさそーだったなー……」
”えいたくん”が彼女と仲良さげに歩いてったとこが浮かぶ。

あのコ、かわいかったし、きっと、モッテモテだよね……えいたくん……も、カッコイイしモッテモテだよね……。
かっこいいのに、水ばっしゃんの時とか、いい人そうだったし、カッコつけないかんじが……いい感じだったのに。
「あーあ」
いいなあ。彼氏と彼女。
「はぁ……っ」
星とか降ってこい──出会いとか、恋とか降ってこい──。


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