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優しい気持ち──上の続き
天童さんに礼を言って別れた後だった。
アイスゴチになってしまったけど、やっぱそりゃハラ減ってる。早く補給しないと──。
夜に紛れて風が通り過ぎた。
「……っ」
追い越して駆けてくあの人は……。
「あっ……」
思わず声が出そうになった。つうか少し出た。
「えっ……」
立ち止まって振り向いた。
「……っ白布くん……」
息が切れてるけど、いい汗をかいてます、な感じで拭う。
「今、帰りなんだ」
「そうですけど……あの、自主トレですか?」
「うん、たまにこっちのコースも走るんだけど、会ったことなかったね……」
「はい……あの、もう八時半ですけど……」
「え? 十時くらいまで自主トレする時もあるから……」
「あの、朝も早いんじゃ……」
「夜に雨が降ってたりすると、四時くらいから自主トレするし、その時々で調節して……今日は後ちょっと走って帰るよ」
確かにアスリートなら酷使もするけど、そういう部活もあるけども確かに──。
「あの、ですが、もう遅いですし、女子、ですから……」
「ありがとう、大丈夫……」
出た、曖昧苦笑。
そう、船津先輩だった。
曖昧に笑うのに、今は汗がさわやかっつうか。
「あっ……の、気をつけて帰って、ね、あ、近所なのかな、もしそうだったら、心配だから……」
「何言ってるんですか……俺は男ですし。いいですから、行ってください。もう八時半ですよ、そろそろクールダウンするんですよね?」
「うん……あ、ありがとう……それじゃあ……っ」
走ってく──。
途中、曲がり角を曲がって、その背は消えた。
荷物がなかったってことはやっぱ一回帰宅したんだろう。
つうか、もう遅いし送ってくべきだったか──?
いや、あの人殆ど毎日走りこみしてんだろうし、心配したって──。
「っきゃぁああ」
「なっ……」
心配した傍から──!! 
角の向こうから悲鳴が響いてきて、俺は駆け出した。──
くそ! ランニングは早朝だけにしろよ! 何危ない目に遭ってんだ! 
「無事ですか!」
「わう!」
「わ、う……あ?」
「あっどうしよう、白布く……この子、体、おっきくて……」
大型犬にのしかかられてる俺の気になる──いや、そんな気にはしていなけど、とにかく船津鈴花さんて人が居て、俺は──
「どうしようって……」
全くこの人は──。
「わう!」
「っおい」
俺にもきた!
「あーいいから落ち着け、ステイ!」
「わう!」
「はあ……っよし、いい子だ。飼い主さんは……」
「抜け出しちゃったのかな、どうしたんだろ……っわ、わ、」
またのしかかられてるし──。
「人懐こいですね、やっぱり飼い犬かと……俺はこの近くに住んでるんですが、見たことがないですね」
「最近越してきた子なのかな……っあ」
「いたあああけんっちゃーん」
ふう、よかった。
飼い主さんだろう人が慌てて駆け寄ってきて、犬もそちらに飛び込んでいった。
「すみません! この子、網戸開けた瞬間飛び出ちゃって……っ」
「いえ、無事に見つかってよかったです」
さあ、一先ずはほっとしたか。
「ばいばい、けんちゃん」
船津先輩はにこやかに手を振って、見送ってる。──


「さっきの子、可愛かったね……」
「まあ、そうですけど……あの、送っていきます」
「えっ、でも私……」
「まだ走るっていうんですか。でも今のでけっこう時間取られてますけど」
「あっ……お風呂入って寝ないと……でも、あの子おうち帰れてよかったあ」
「そうですね」
「あっ……私、走って帰るから大丈夫だよ、翠町だし」
「あの、走っても十分くらいありますよね」
「うん」
「じゃあ俺も走って送ります。さっき、ほんとびびったんで──もし、襲われたらって」
ふう、練習上がりで割りとクタッてるけど、俺も走るか。
もしこの後、何かあったら、寝覚めが悪い気分にさせられるからな、ったく。仕方ない。──
「ありがとう、でも、だめ、白布くんも早く休まないと」
そりゃそうしたいとこだけど、なんか納得いかない──。
「じゃあ、電話教えてください、帰ったら連絡ください、それくらいいいですよね。さっきも襲われたのかと思ったんで。
──心配したんで」
ホント、心臓に悪い──。
「えっ……帰ったら、連絡すればいいの……?」
「そう言ってるじゃないですか、知らない番号からだと出ないんで、教えといてください」
くそ、なんで俺がここまで──でも、ほんと心臓に悪かったし。
「あ、じゃあ、私が番号、暗記して……」
「は?」
「あの、スマホ、置いてきちゃったから……」
「は、あ? いえ、俺に教えてくれればいいんで……つか、はぁああああ!? 女子が一人でこんな時間に一人で何かあったらどうするんですか携帯も持たないで!」
この人は──!!
「だって……走るだけ、だし……」
「さっきのが犬じゃなくて変質者とかだったらどうするんですか!! 送っていきます!」
「でも、白布くん……っ」
でももへったくれもねえよ、ねえんだよ。
「あんたみたいなバカはイライラするんです、俺は──。ああそういや走るんでしたね、走ります。翠町ならこっちの方ですよね」
「あっ、うん……っあのっ」
いいから黙って走ってついて来いっての。
ホント、イラつく──。
「……っ白布く……っ私、ディパック、持つよ……っあの、送ってくれな、ても……っ」
何言ってんだホントに──女子に持たせるわけないだろ。
「……っ別に俺は船津先輩のことよく知りませんけど、試合は見ました。カッコよかったって言ったじゃないですか。次は……っどっちですか」
「あっ……右に……っこのまま道づたいに、」
こんなに走りながら、送ってる。──
 今日はなんて日だよ、けど、なんか、送らないと気が済まない。
「俺は──先輩のことを……っ最初は、曖昧に笑って自分の意志もないような、意思も薄いような人だと思ったのに、
けど、違うじゃないですか……っあんなタフにチーム引っ張ってるじゃないですか。割と自己主張強そうなメンツなのに、
みんなあんたを慕ってるって俺は思ったんですけど。それってあんたが歯を食いしばって体、めいっぱい使って、声張り
上げて、誰よりボールに食らいついてたからじゃないんですか。みんな、あんたが優しいから慕ってるわけじゃないだろ。──」
 走って、走って──くそ、何してんだ俺は。
 なのに言いたい。
「あんたに何かあったら女子サッカー部のやつら全員、どうすんだよ。あんたキャプテンだろ……!」
 走って走って──俺が言いたいことは言ってやった。
「タメ口すみません、携帯くらい持って出るべきです」
「白布くん」
「なんですか」
「ありがとう」
「何故お礼を言われるのかわかりません」
「……ん、もっと走りたい気分!」
「ちょっ、そろそろ翠町着きますよ! この辺じゃないんですか!」
 やっとスピードを緩めて、歩きながらのクールダウン──。
「あっ……私の家まで、ありがとう……あの、さっき緊張して、言いそびれて……天童くんと、話したんだ」
「ああ、天童さんに訊きました、というか軽くイジられました」

──賢二郎に言われたこと嬉しくってさ、授業サボって走り出してえくれー嬉しいってさ。

そう、嬉しいって言ったらしい。この人は、今もそんな顔してる。
「同じクラスなんですよね。天童さんが何か言っても気にしないでください」
「するよ」
「だから……」
「白布くんのことだったら、気にすると思う……」
 なんだそれ。──なんでだよ。どきっとするからやめてください。
「ありがとう……私、サッカー大好きなの」
「そんなものわかりますよ。たった一試合のクライマックス観た程度で誰だってわかります」
「だから、ありがとう」
 そんなに嬉しそうに笑わないでくれ、ください。
 俺はただ思ったまま言っただけなのに、そんな嬉しそうに。


 くそ、帰りの道中がふわふわする。
 船津先輩を送り届けたし、番号交換する必要はもうなくなった。
 けどしたのは、この人が俺の帰りを心配したからだ。
 大丈夫だって突っぱねたってのに、やけに心配そうにするから交換した方が早いと思って交換した。
 どうせこれきり、もう電話とかすることもないだろうしな。
 まあ、メールにしとくか。

──到着しました
──よかった。今日、ありがとう

 たったこれだけのやり取り。
 そう、これだけだ。
 ゆっくり休んでくださいって送るか。
 それとも、明日も頑張ってくださいって送るか──。
 はっとした。
 何俺は事細かに悩んでんだ、社交辞令みたいなもんだろ。そうだろ。
 ったく、”明日も頑張ってください”にしてみた。
 俺が言わなくてもそーするんだろうけどな。
「……っきた」
──はい、頑張ります。白布くんも
 よし、きたな。
 はっとした。
 俺はなに妙に優しい気持ちになってんだ、さっさと飯だ。風呂だ。明日も早い。


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あきゅろす。
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